好きなものは好きだからしょうがない

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DBH:チャプター2

マーカス編/色あふれる世界

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動画リンク:http://youtu.be/xbJ3CrkFdHA

※動画は全イベント見てやろうとしたので結構のたのた進行です。多分普通にやったら5分位で終わるチャプター。

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 赤や黄色に色づいた葉の間から、柔らかな木漏れ日が零れている。マーカスにとって、何度目かのデトロイトの秋だ。
 マーカス達アンドロイドは、人間のように暑さや寒さを感じない。しかし、マーカスは秋が好きだった。夏の光溢れる色彩から冬へと色を変えていく世界の姿は、単純に美しいと思えたし、夏や冬と違って道行く人間も穏やかな表情をしている。人間に仕える存在であるアンドロイドとして、人間が快い季節が好ましいというのは至極当然と思えた。
 その秋のデトロイトを、マーカスはべリーニ画材店に向かって歩いていた。持ち主であるカールのために、注文していた新しい画材を受け取るためだ。
 道すがら、少女が嬉しそうにはしゃぎながらマーカスの方へ一直線に走ってくる。それに驚いた鳩達が食事をやめて一斉に飛び立った。少女の邪魔にならぬよう、少し横によけたマーカスの横を全速力で走り抜けた少女は、そのまま手を広げて待っていた乳母と思わしき女性の胸に飛び込む。いや、正確には女性型アンドロイドの元に、だ。アンドロイドは少女を抱きしめ、慈愛の微笑みを浮かべていた。まるで本物の母親のように。
 マーカスが前に向き直ると、ベンチに座る老人が見えた。こちらも、介護用のアンドロイドに話しかけている。アンドロイドが発売されて10年以上──今やアンドロイドは一家に1台ではなく、一人に1台の時代と言われている。こうして街に出ると、生身の人間の数と同じくらいのアンドロイドを目にするようになった。
 
 小道を抜けて広場に出た。ベリーニ画材店を訪れるのは初めてではないが、念のためGPSを作動する。60m程離れたところに店があるのを確認し、GPSモードを終了しようとした時だった。
「おい、失せな。客が寄り付かないだろ」
 マーカスが驚いて声のした方向を見ると、ホットドッグの屋台があった。声をかけたのはそこの店主らしい。気付かないで店の前に立ってしまったようだ。
 アンドロイドは今や人類の必需品だが、彼らを良く思わない人間も数多く存在する。特に、この店主のように屋台や飲食店など、人間のみを顧客とする業態を営んでいる者にはその傾向が強い。そんなことを考えていたためか、店主の言葉に対しての反応が遅れた。
「おい!てめぇ、聞こえなかったのか?とっとと失せろ!」
 店主は屋台を回り込み、マーカスの前に来るとその肩を強く押した。その衝撃にバランスを崩してたたらを踏む。店主の顔は見るからに苛ついており、マーカスは黙ってその場を離れた。屋台に用事がないのは確かだ。黙ってベリーニ画材店への道を急ぐ。
 
「ID認証、完了」
 ベリーニ画材店で無事に注文していた絵具を受け取り、電子認証で支払を済ませる。画材店の店員もマーカスと同じアンドロイドだ。アンドロイド同士であれば通信で支払が済むため、雑貨店やスーパーなど、食料品や日用品を購入する店の店員には殆どアンドロイドが使用されている。そして購入者も、クレジットカード情報を登録したアンドロイドを買い物に行かせ、アンドロイド同士で会計を済ませるのが一般的だ。アンドロイドを購入し、使用することは人間を雇うより遥かに安くつく。数年前に規制緩和されてから人からアンドロイドへの切り替えは右肩上がりに数を増やしてきた。このベリーニ画材店も、マーカスが初めて訪れた時にはまだ人間の店員が対応しており、切り替わったのは3年程前のことだった。
 
 絵具を持って家路を急ぐ。ここからカールの家までは車で30分くらいの距離だ。いつものように、バス停に向かうマーカスの耳に、大勢の人が叫ぶ声が聞こえてきた。
「アンドロイドは仕事ドロボウだ!」
「そうだ!」
「そうだ!そうだ!今すぐ禁止しろ!今すぐ!今すぐ禁止しろ!」
「俺たちには養うべき家族がいるのに、あいつらに居場所を奪われた!」
 バス停への道に20人くらいの人間が集まり、掛け声に合わせてプラカードを掲げている。そこには、「WE WANT JOBS/NO ANDOROID(我らに仕事を/アンドロイドは不要である)」と書かれていた。
 バス停に行くためにその横を通り過ぎようとしたが、拡声器を持った男がマーカスに気付き、進行方向に立ち塞がる。
「おい、どこに行くつもりだ?ん?」
 マーカスは黙ってその横を通り過ぎようと横に移動したが、男は同じように身体をスライドさせて進行を妨害してくる。
「おもしれえ……おい、お前ら、アンドロイド様のお出ましだぞ…」
 拡声器の男は、マーカスに近付き、その顔を覗き込む。男から距離を取るため、後ろに下がろうとした瞬間、何者かに蹴られて前のめりに転んだ。そのはずみに手から絵具を落としてしまう。
「ねえ、こいつ見てみなよ。仕事は盗めるくせに、立てないんだって」
 集団の中の一人の女が、揶揄するように言う。その声を無視して立ち上がろうとしたところへ、別の誰かが強烈な蹴りを入れた。その衝撃でまた地面に這い蹲る。
「いいぞ、やっちまえ!」
「そうだ!そこだ、いいぞ!」
 周りの集団が囃し立てる。アンドロイドによって仕事を奪われた彼らにとって、マーカスはちょうどいいところに現れた憂さ晴らし用の人形に違いなかった。 
 改めて立ち上がろうとしたところで、拡声器の男がマーカスの胸倉を掴み、無理やり立ち上がらせる。
「逃げる気か?たっぷり痛めつけてやらあ!」
 男の目は脅す調子ではなく、無事で済むとは思えなかった。マーカスのLEDリングが、異常を示す黄色に光る。周りの歓声もひときわ大きくなり、いよいよ殴られる──となった時だ。騒ぎを聞きつけた警察官が集団に割って入ってきた。
「おい、こら」
 警察官は、マーカスを至近距離で睨む拡声器の男に声をかける。
「もうやめろ。放してやれ」
 拡声器の男は、マーカスから顔を逸らさずに警官の方を見ないまま答える。
「いいから。邪魔しないでくれよ」
「傷つけたら罰金食らうぞ」
 続けられた警官の言葉に、拡声器の男はマーカスを掴んでいた手を放して警官に向き直った。そして今度は警官を指さしながら答えた。
「仕事を奪われてから、後悔するなよ」
 そうだな、と答える警官の前に落ちた絵具を拾い、マーカスは再びバス停へと向かった。悔しそうにマーカスを見つめる視線には気付いたが、特にそれ以上は何かされることはなく、集団は再び元のように、プラカードを掲げて声を合わせて抗議し始めた。
 
 予想外のトラブルで予定より時間がかかったが、ちょうどバスが来る時刻に間に合いそうだった。バス停のアンドロイド専用のゾーンでバスを待つ。数分もしないうちに目的地に向かうバスが滑りこんできた。
 バスの中は、人間が座る通常の座席と、後部にあるアンドロイドを載せる荷台に分かれている。その間は分厚いアクリルの仕切り板で区切られており、アンドロイド用の荷台には椅子などはない。疲れを知らないアンドロイドは座る必要がないからだ。狭い荷台に、何人ものアンドロイドが直立して揺られている。
 
 これが、マーカス達、アンドロイドの日常だった