好きなものは好きだからしょうがない

本当に好き勝手書いているサブブログです。メインはこちら→ https://moyyo.hatenablog.com/

DBH:チャプター3

カーラ編/あらたな我が家

*********************

動画リンク:http://youtu.be/ixxgexwK0Ww 

*********************

 着いたぞ、の一言もなく男がトラックを降りる。どうやら、ここが目的地のようだった。工業地帯のすぐそばの、住宅街の一角。かなり年季の入った家だ。ここに来るまでの道すがらに見えた家も、似たような家ばかりだ。中には、何が起きたのか焼け落ちた家も混じっていた。治安はあまりよくないのだろう。先程、トッドと名乗った男を追ってトラックから降りる。私はアンドロイドで、トッドは私の持ち主だ。
 
 ここに来る30分程前、私は唐突に目を覚ました。自分が何故ここにいるのか、そもそも自分が誰なのかも分からない。動けない身体で周りを見渡すと、自分と同様に並べられた人達と、それを品定めするように見ている家族連れやカップルが目に入った。いや、違う。並べられているのは「人」ではない。唐突に自分の中に湧き上がる答えに驚くが、眠りから覚めるように一気に思考がクリアになり、情報が氾濫する。
 
──そうだ、私たちはアンドロイドだ。人間に仕える機械。この記憶も、私たちが持っている初期情報だ。私の型番はAX-400。家事や育児を行う、家政婦用途のアンドロイド。私の名前は……
 
 そこまで考えたところで、店員と思しき男が、恰幅の良い男を連れて歩いてきた。彼も客の一人なのだろうが、手入れの行き届いていない無精髭や、清潔そうに見えない服装から、周りの客から浮いているように見える。
「いかがです?整備にちょっとばかり手こずりましたけどね。かなりひどい状態でしたよ。何があったんですか?」
 店員に問われた男は、うんざりしたように答える。
「……轢かれたんだよ。ただの事故だ」
「なるほど……」
 店員は、それ以上追求する気はなかったのか、私の方をちらりと見て説明を始める。どうやら、二人が話しているのは自分のことのようだった。
「とにかく、もう新品同様ですよ。ただリセットしたので、メモリーがすべて消去されました。大丈夫ですか?」
「問題ない」
「良かったです。名前はどうします?」
「娘がつけた……」
 客の方が、そこまで言ったところで、店員が私の方を見て言う。
「AX-400、名前の登録を」
 その言葉を聞き、唐突に理解する。これから名前を呼ぶ人間が私の持ち主となるのだ。客の男が、私の目の前に移動し、名前を呼んだ。感情を感じさせない声だった。
「カーラ」
 自分の口から、自動的に音声が零れる。
「私はカーラ」
 そう、私はカーラ。あなたの役に立つために造られた機械。
 
「ほら、来い」
 トッドがいらいらした調子で声を掛ける。気が付けば、隣の工場に数秒目を奪われていた。不思議とこの辺りの景色には奇妙な既視感がある。まるで夢で見たような、そんな気分だ。カーラ達アンドロイドが夢なんて見るはずなどないのに。
 トッドに続き、家の中に入る。家の中は、外から見えた印象と同様、荒れた生活を感じさせるものだった。埃っぽい床、食べかけのピザやビールの空き瓶、散らばった雑誌や、その辺に転がっている洗濯物。トッドが口を開く。
「お前がいなかったせいで、家は荒れ放題だ。とりあえず家事と洗濯と料理と、それから……」
 指を折りながらそこまで言ったところで、トッドは辺りを見渡して舌打ちをする。
「ったく、あのクソガキ、どこに行きやがったんだ?アリス!アリス!!」
 大声で名前を呼ぶ。そうして階段の方を見て、そこに座る少女に気が付いた。
「ああ、そこにいたか……こいつはアリス、面倒を見てやれ。宿題とか、風呂とか、そういうことだ」
 アリスと呼ばれた少女は、階段に座り、リスのぬいぐるみを抱きしめていた。7~8歳といったところだろうか。どこか不安そうな瞳でカーラの方を見つめている。
「いいな?」
「はい、トッド」
 微笑みながら答える。持ち主の命令を聞くのがアンドロイドの仕事だ。
「1階を片付けたら2階を頼む」
 トッドはそこまで言うとくるりと背を向け、リビングのソファーに向かった。話は終わりらしい。すると、アリスもすぐに階段を駆け上がってしまう。これから世話をする相手だ。彼女と話がしたかったが、まずは1階の掃除が先決だろう。カーラは近くにあったゴミ箱を手に取り、部屋のゴミを集めるところから始めた。
 
 ゴミを集め、掃除機を起動し、溜まっていた食器を洗っていると、シンクの目の前の窓から庭が見えた。庭には物干し竿と、そこに掛けられた洗濯ものがある。トッドの話を聞く限り、2週間前にカーラが干してからそのままなのだろう。後であれも取り込んでもう一度洗わなくては。そんなことを考えながら皿を洗っていると、トッドから鋭い声で名前を呼ばれる。
「カーラ!ビールを持ってこい」
「はい、今すぐ」
 皿洗いを中断し、手を拭く。トッドの命令がいつだって最優先だ。カーラは冷蔵庫からビールを取り出し、ソファーに座ってアメフトを見ているトッドの目の前に置く。机にもゴミが溢れていたため、片付けたほうがいいかと目線でゴミ箱を探していると、トッドから怒声が飛んだ。
「おいこら!見えねぇだろうが!」
 どうやら、TVを見るのにカーラが目障りだったようだった。
「すみませんでした。二度としません」
 謝罪し、速やかにその場を離れる。やることは他にも山ほどあるのだ。
 
 外に出て洗濯物を取り込むと、想像通りそれはバリバリに固まってしまっていた。風雨に晒されていたのだろう。1回洗うだけでは元通りにはならないかもしれない。そう思いながら洗濯物を入れたかごを抱え、家の中に戻ろうとするとアリスが軒先に座ってこちらを向いていた。

 カーラは微笑んでアリスの目の前にかがみこむ。カーラが目の前に来ても、アリスは足元を見つめたまま、目を合わせようとはしなかった。しかし、ここに来たということはカーラと話をしに来たのだろう、と考え、話題を選ぶ。
「よくここで遊ぶの?」
 アリスは黙って、ぬいぐるみをいじり続けている。
「今日は学校はないの?」
 質問を変えても、アリスの反応は同じだった。黙ったままちらりとカーラの方を見て、立ち上がり、家の中に戻っていく。引っ込み思案な子なのかもしれない。あるいは、記憶をなくしたカーラに戸惑っているのか。どちらにしろ、少しずつ距離を詰めるしかない。また後でもう一度話してみよう、そう思ってカーラも立ち上がり、家の中に戻る。
 固まった洗濯物を1枚1枚洗濯機に移し、洗剤を探す。洗濯用の粉洗剤はランドリーラックにおいてあった。洗剤を入れようと手に取り、中に袋に包まれた、赤い結晶のようなものが入っているのが目に入る。不審に思って取り出し、じっと眺めた。

 カーラには、簡単な分析機能がついている。子供が口に入れても問題ないものかどうかを確かめたり、人間に提供する食べ物の状態を調べたりするものだ。その機能を使って調べると、その赤い結晶はアセトン、リチウム、シリウム、トルエン等で組成された、通称、レッドアイスと呼ばれるドラッグだった。かなり危険性が高く、取り締まりが最近強化された代物だった筈だ。どうしてこれがこんなところに、と考えたところで背後に人の気配を感じて振り返る。瞬間、トッドに頸部を強い力で掴まれてランドリーラックに叩きつけられた。後頭部に棚板が当たり、ガン、と強い衝撃を感じる。頭の中に異常を知らせるアラート音が鳴り響いた。
「おい、俺のモノを漁るんじゃねぇ。イライラすんだよ」
 正面から見たトッドの目は、怒りに燃えていた。首を絞める力が強まる。カーラ達家事用アンドロイドは、そんなに丈夫にはできていない。精々人間程度の強度のこの首は、トッドがその気になれば、潰すことなど訳はないだろう。カーラのLEDリングが赤く明滅する。
「すみませんでした」
 喉を押さえられているせいで、掠れる声で答える。トッドがその手からレッドアイスを奪い取り、首を絞めたまま憎々し気に言葉を吐く。
「いいか、俺を怒らせたくなきゃ、二度と触るんじゃねぇぞ」
 少し充血した青い目に見つめられ、カーラは恐怖を覚える。そして、その恐怖にも奇妙な既視感を感じた。
「怒らせたくないだろ?」
「はい、トッド」
 ようやく解放される。命令に背けば、壊されるということを身をもって理解した。おそらくカーラは以前も、こうしてトッドの不興を買ったのだろう。そして壊され、修理に出されたのだ。さっきの恐怖は、以前のカーラが感じた、壊されることへの恐怖なのかもしれなかった。
 リビングに戻るトッドの背中を見つめていると、アリスが階段の傍からこちらを見ているのに気がついた。カーラと目が合うと、俯いて視線を逸らし、階段へと踵を返す。今のやり取りを見ていたようだった。アリスにとっては実の父親が脅迫する姿は恐怖だっただろう。それとも、これが日常なのか。記憶をなくしたカーラには分からなかった。
 
 1階の掃除を終え、トッドの言いつけ通り2階の掃除を始める。2階には、バスルームとトッド、アリスの部屋があった。片付けが終わったらアリスと話をしよう、カーラはそう考えてトッドの部屋から掃除を始める。ベッドを整え、雑誌を本棚に戻し、散らばるゴミを片付ける。ベッドサイドの袖机も同じように片付けようとしたところで、手に取った薬が気になった。トッドの薬だろう。分析したところ、抗うつ剤だ。行動障害の危険性がある、チアネプネンを含有している。彼の攻撃性や、易怒性はこの薬によるものかもしれない。
 こうして分析しているところを彼に見られたらまた不興を買うかもしれない。そそくさと他の小物と一緒に袖机の引き出しに仕舞おうとして、引き出しの中の先客に気が付いた。──銃だ。彼はここに、銃を持っている。このことは、自分やアリスの身の安全のために覚えておこうとカーラは胸に刻み込んだ。
 
 漸くすべての部屋の掃除を終え、アリスの部屋に入る。アリスの部屋の中央には子供用のテントがあり、中には電飾のようなライトがついている。どうやら、ここが彼女のお城らしい。お城の主のお姫様は、テントの中で先程と同じようにぬいぐるみと戯れていた。庭で声をかけた時と同じように、かがみ込んで目線を合わせ、話しかける。
「あなたのことを教えてくれれば、面倒もみやすくなるわ」
 相変わらずの無反応だが、カーラは諦めずに話し続けた。
「あなたが名前をつけてくれたの?」
 トッドの発言が正しければ、カーラの名前をつけたのはこの少女のはずだ。アリスは、ちらりとカーラの方を見る。興味を持ってくれたのかもしれない。続けて話しかける。
「カーラ。いい名前。何からつけたの?」
 一瞬興味を持ってくれたように見えたが、アリスはまた俯いてしまった。カーラと話すのが嫌という訳ではなさそうだが、何かを恐れているような仕草にも見える。一体何を、と思いながらももう一度話しかける。
「無口なのね。怖がらないで。好きなものはある?好きな遊びとか、場所とか、食べ物とか……私に教えてくれない?」
 アリスが、もう一度カーラの方を見た。この話題は正解だったのかもしれない。今度こそなにか答えてくれることを期待したが、アリスはテントから這い出し、その場から逃げ出すように部屋を出ようとした。しかし、ドアのところまで来ると振り返り、何かを決心したような顔でカーラの元に駆け戻る。そして、黙ってその手に何かを手渡した。それが何かを問う暇もなく、アリスはくるりと踵を返し、今度こそ部屋から走り出てしまった。
 手渡されたものを眺める。それは、小さな鍵だった。簡素なつくりのカギで、おそらく子供用の宝箱か何かを開けるためのものだろう。これで開けられる何かがあるのだろうか、と辺りを見渡すと、壁際の戸棚の上に「AW Treasure」と子供の字で書かれた木箱があった。一面にカラフルなハートが描かれた、両手で抱えられるくらいの箱だ。あの子が自分で書いたのだろうか。微笑ましい気持ちになりながら鍵穴に貰った鍵を指すと、想像通りカチリ、と手応えがあり、箱が開いた。
 中に入って一番最初に目についたのは、四つ葉のクローバーだ。あの子が見つけて取っておいたのだろう。大事にそっと取り出して、次の中身を見る。次に入ってたのは、両親と映る幼い少女の写真だった。写真に写る父親は、痩せていて今とは別人のようだが、目元で辛うじてトッドであることを判別ができた。写真の中の彼は、朗らかに笑う娘と妻を両手に抱え、頼りがいのある父親といった風情だ。四つ葉のクローバーと同じように、その写真をそっと箱の隣に置くと、残りはアリスが書いたと思われる絵が何枚か入っていた。絵を描くのが好きなのだろうか、と思わず微笑みながらその絵を見て、表情が固まる。そこに描かれていた絵は、アリスと同じ髪形をした少女の絵だった。彼女のような年頃の少女が、自画像を描くのは珍しいことではない。しかし、そこに描かれていた少女は、頭から血を流して泣いていた。
 生体部品がプログラムの異常を察知してその動きを速める。機械で出来ているとはいえ、人間を模した生体部品のテクノロジーが多く使われているアンドロイドは非常に精密で、それを制御するプログラムの状態に合わせ、最適な状態を作り出そうとする。人間が危険を感じた時に鼓動が早くなり、呼吸が浅くなるように、アンドロイドの体も本人が置かれた状況でその動きを変えるのだ。
 平静さを保とうと、何度か瞬きを繰り返す。そうして次の絵を見ると、トッドがアリスと手を繋いでいる絵だった。トッドの目は吊り上がっており、アリスの口はへの字に曲がっていて、とても父と娘の団欒という雰囲気ではない。ゆっくりと次の絵を見ると、次の絵にはカーラと思しき女性が描かれていた。どういう状況か分からないが、カーラに向かってトッドが注意をするように手を挙げており、それを少し離れたアリスが見ている絵だ。逸る気持ちを抑えながら、次の絵──最後の一枚を手に取ると、手足、首がもがれ、断面から青い血を流して横たわるカーラとその横で泣いているアリスの絵と対面した。
 はっとして慌てて絵と写真をかき集め、元通りに木箱を閉める。キュイキュイとフル稼働で動作する体の音がやけに大きく聞こえた。先程のカーラの想像通りだった。トラックで轢かれたりなんかしたのではない、以前のカーラは、トッドに壊されたのだ。そしてアリスは、それをカーラに教えようとしてくれたのだろう。
 とりあえず、アリスのところに行こう。今見たものを彼女と話すべきかどうかは分からなかったが、そう考えてカーラは階下に向かった。階段の途中で、ダイニングチェアに座るアリスが見えた。先程と同じようにぬいぐるみと戯れている。降りて声をかけようとしたところで、トッドがアリスに近寄るのを見て思わず立ち止まる。
 
「……何してる」
「あ……遊んでるの」
 怯えた声でアリスが答える。正解を探るように答えるその様子は、父親と話す娘といった雰囲気には見えなかった。トッドはその態度に苛ついたのか、背後に回りながら問い直す。
「遊んでる?」
 トッドは、座るアリスの周りをゆっくりと歩きながら言葉を続けた。
「こう思ってるんだろ。親父はクズだって…。ん?仕事もねえ、甲斐性もねえ。負け犬だってな」
 何も答えられないアリスに、トッドの声は怒気を孕んで激しくなっていく。
「俺だってこれでも努力はしてんだよ!でもどんなに努力してもいつだって誰かが邪魔すんだ!!」
 激昂したトッドが、アリスが座ってなかった方のダイニングチェアを放り投げる。椅子が壁にぶつかる大きな音に、アリスの肩がびくりと震えた。いつの間にかアリスはずっと手放さなかったぬいぐるみをテーブルに置き、恐怖を湛えた眼差しでトッドを見つめていた。
「お前も俺のことが憎いんだろ、俺には分かってんだ!」
 とうとう、トッドがアリスが座っていた椅子を蹴り、その衝撃でアリスは床に崩れ落ちる。その幼いからだを両脇から持ち上げ、顔を近づけてトッドが怒鳴った。
「さあ言えよ!憎いんだろ!!」
 耐えきれなくなったアリスが泣き出す。静かな嗚咽を挙げながらはらはらと涙を流す娘を見て、トッドは我に返ったようにアリスを下ろし、その小さな体に縋りついて同じように泣き始めた。
「ああ……俺は何してんだ……」
 アリスは静かに泣き続けている。
「ごめんよアリス……許してくれ……父さんはお前を愛してる……わかってるだろ?」
 泣きながらトッドに抱きしめられ、アリスは涙に濡れた目でカーラの方を見た。

 その目を見た時、何かとても大事なことを思い出せそうな気がしたが、結局それが何かは分からないまま、カーラはその場で立ち尽くしていた。