好きなものは好きだからしょうがない

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DBH:チャプター5

コナー編/相棒

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動画リンク:http://youtu.be/rx3ik51eaeA

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チャプター5:コナー編/相棒
 ここ2,3日、デトロイトでは雨が続いていた。街角にひっそりと佇むJIMMY'S BARの看板を見て、コナーは手元で遊ばせていたコインをポケットに仕舞い、ネクタイを締めなおす。もう晩秋といっていい時期の冷たい雨にコナーの体はすっかり濡れそぼっていたが、全く気にする様子のないその姿は、彼がアンドロイドであることを端的に表していた。
 JIMMY'S BARのドアには、「ペットお断り」のマークに並び「アンドロイドお断り」の張り紙もされていたが、コナーは躊躇いなくそのドアを開ける。入店した彼を、客や店員がじろりと睨んだ。どこからか「この店はアンドロイドお断りじゃなかったのかよ」という声と舌打ちが聞こえてくる。
──警部補はここにいるだろうか。
 コナーは、店内を見渡して、そこにいる人間をスキャンし始めた。コナーの持つデータベースには、アメリカ全国民の戸籍情報と犯罪歴が記録されている。生きた人間であっても、死体であっても、顔か指紋が識別できれば、誰だか特定できるのである。
──エドワード・デンプシー、生年月日:1995/2/28//管理者、犯罪歴:なし。この人物ではない。カウンターの手前に座っている男性は……この人物でもない。
 一人ひとり目視してスキャンしていく。ここにもアンダーソン警部はいないのか、と予想を立てかけた時、奥のカウンターに座って一人で飲んでいる男が目についた。同じようにスキャンを行う。
──ハンク・アンダーソン警部補、生年月日:1985/6/9//警部補、犯罪歴:なし
 データが一致する。彼こそがコナーが探していた人物だった。かなり酒に酔っている様子の彼に、コナーはおもむろに話しかける。
 
「アンダーソン警部。私はコナー、サイバーライフから派遣されました。先程、署にご挨拶に伺ったのですが、近所のバーにいるはずだと言われたので、5軒ほど探し回りました」
 アンダーソン警部補である筈の男は、視線をコナーに向けることもせず、テーブルの上のグラスを見つめながらいかにも興味がない、といった様子で返事をした。
「何の用だ」
「あなたは、ある事件の担当になりました。アンドロイド絡みの殺人事件の捜査です。所定の手続きに従い、捜査補佐専門モデルの私が配属されました」
「助っ人なんか必要ないね。プラスチック野郎の助けなんてもってのほかだ。分かったらおとなしく家に帰るんだな」
 先ほどと同じように、視線をコナーに寄越さないまま、取り付く島もなく吐き捨てられる。普通の人間であれば気分を害してもおかしくないような態度だったが、コナーは何の動揺も見せずに次の手を考える。コナーの今回の任務は、このアンダーソン警部補の補佐として、殺人事件の捜査を行い、解決へ導くことだ。そのためにも、まずはこのアンダーソン警部補を現場に連れていく必要があった。
 説得するか、懇切丁寧に依頼するか、それとも職務怠慢をネタに脅すか……いくつかの交渉手段を考え、コナーは協力的に接することを選んだ。彼の経歴を見る限り、今は荒れてはいるものの、元々は優秀な警察官だったはずだ。こちらが真摯に対応すれば、心を動かす可能性があると判断したからだ。
「警部補、お酒はそのくらいにして、一緒に来てください。その方がお互いのためです」
 アンダーソン警部補は、聞いているのかいないのか、適当に頷きながらグラスを呷っている。自分の説得が効果がなかったことを悟り、コナーは更に続けた。
「アンドロイドの存在が気に入らない人がいるのは十分承知しています。ですが……」
「これっぽっちも気になんかしてないね」
 警部補がコナーの言葉を遮り、苛々とした調子で続ける。
「わかったら、その足踏み潰されちまう前に失せな」
 コナーは口を噤み、次の手を考える。いずれこの酒場からは出るだろうから外で待つか、それとも酒を無理やり取り上げるか──。彼は、今回のケースのコナーの相棒である。相棒とは、出来る限り心理的距離を詰め「信頼」されるべきだ。それが、捜査補佐用アンドロイドのコナーの中で導き出された一つの結論だった。
「こうしましょう。最後の一杯を奢ります。どうです?」
 警部補からの返事はなかったが、コナーは構わず店員に声をかける。
「すみません、同じのをもう一杯!」
 懐から現金を取り出し、床に置きながらそう言うと、警部補が漸く顔を上げ、口を開いた。
「科学の進歩ってやつは……ダブルで」
 アンダーソン警部補──ハンクは、店員が注いだ酒を一気に飲み干し、その強さに息をつく。そこで初めて、コナーの方に向き直った。その目は先程までのアルコール依存者のような濁ったものではなく、事件に対しての好奇心を滲ませるものだった。
「殺人事件って言ったか?」
 
 爆音でロックミュージックを掛けながら、ハンクの運転するタクシーが現場に滑り込む。現場の民家の周りには、既にマスコミを含めた人だかりができていた。車を止め、ハンクがコナーに指を突き付けながら言う。
「ここで待ってろ、すぐ戻る」
「私は現場に同行するように指示されています、警部補」
 車から出ようと仕掛けていた時に声を掛けられ、ハンクは苛々した様子でコナーの方に向き直って答える。
「いいか、お前に出された指示なんて知ったこっちゃないね。俺が待ってろと言ったら、お前は黙って待ってりゃいいんだよ」
 そう言うと、今度こそ振り返らずに車を出て現場に向かった。
 一人車に残されたコナーは、今ハンクに言われた命令と、自分に下されていた指令という、相反する命令に対して優先事項を検討する。5秒で結論は出た。サイバーライフから自分に下されていた指令を優先するべきだ。そのために派遣されたのだから。ハンクの機嫌を損ねるのは円滑な遂行上避けたいが、そのせいで捜査が出来ないのでは元も子もない。
 車を出て、早足でハンクを追いかける。現場の入り口まで来た時、入口を封鎖していた警官が声をかけてきた。
「アンドロイドは立ち入り禁止です」
 すると、先を歩いていたハンクが振り返り、面倒くさそうにその警官に声をかけた。
「……俺の連れだ」
 その言葉で警官が通行許可を出し、コナーはハンクの方に歩いていく。
「待ってろって言葉が理解できないのか?」
「任務に相反するご命令だったためです」
 コナーのその言葉に、ハンクも諦めたようだった。
「口を開いたり、何かに触ったり、俺の邪魔をしたりするなよ」
「はい」
 捜査上は聞けない命令だな、とコナーは考えたが、素直に追従の返事をした。とにかく現場に入って捜査を行うことが最優先目標である。
 
 現場はデトロイトのはずれにある一軒家だった。治安も良くない地域であり、事件があった家は、外から見て人が住んでることを疑うような古さと傷み具合である。その家の中から、私服姿に制服のジャケットを羽織った恰幅の良い中年の男が出てきてハンクに話しかけた。
「よう、ハンク。来ないんじゃないかと思ってたとこだ」
「こいつに捕まらなきゃ来なかったろうな」
 こいつ、とコナーを指さしながらハンクが答える。恰幅の良い男はへえ、と面白そうに声をあげた。
「まさかあんたが、アンドロイドとね」
「いいから、何があったか教えてくれ」
「家主から8時に通報があった。数カ月家賃を滞納していたから、家の様子を見に来てみたところ、死体を発見ってやつさ」
 男と話しながら、ハンクは現場に向かったため、コナーもその後を追って足を踏み入れた。踏み入れた瞬間、中の異臭に気付く。アンドロイドであるコナーは「通常にはしない刺激臭」であるという認識を得ただけだったが、普通の人間には強烈だったらしく、ハンク達は顔を顰めていた。
「ったく、ひどい臭いだよ。窓開けて少しはましになったけどな」
 男が呟く。その臭いの出どころはすぐに分かった。家に入ってすぐのリビングの真ん中に、大柄な男の死体が転がっていたのだ。周りには蠅が飛び回り、遠目に見ただけでもその死体が昨日今日死んだものではないことは明らかだった。この刺激臭はいわゆる腐敗臭だというわけだ。
 ハンクを呼びにきた中年の男──コリンズ巡査は、事件のあらましをハンクに説明し始めた。
「害者の名前はカルロス・オーティス。調べたところ、窃盗と加重暴行の犯罪歴ありだ。近隣の住人とも付き合いなし。一日中ひきこもってたって話だよ」
 死体に近寄り、その状態を見ながらハンクがぼやく。
「はあ、これなら真夜中にわざわざ呼び出さなくっても。朝まで待てただろ」
「死んだのは3週間以上前だろうな。検視が来れば分かるはずだ。死体の近くにキッチンナイフがあった。多分凶器だろう」
「侵入の形跡は?」
「ないね。正面玄関は中から鍵がかかってて窓も全部閉まってた……裏口から逃げたんだろう」
「こいつのアンドロイドの情報は?」
「今はない。所有はしてたって話だが、見当たらなかったよ」
 会話を続けながら、死体の検分をしていたハンクだったが、死体が凭れ掛かった壁に文字が書かれているのに気が付き、視線を止めた。「I AM ALIVE(わたしは生きている)」と書かれた文字は血で描かれており、人間が書いたとは思えないほど整っていた。まるで、ワープロで打った文字のように。
 説明が終わったのか、コリンズ巡査は、もう耐えられないという様子で首を振る。
「俺はもう出てるぞ。後はご自由に。何かあったら呼んでくれ」
 そう言うと、さっさと現場から出ていってしまい、現場には証拠を集める鑑識や写真を撮る警官と、ハンクとコナーが残された。
 
 ハンクがリビングを調べている間、コナーも自分の捜査を開始することにした。まず、先程説明された、死体の傍に落ちていたキッチンナイフを調べる。分析したところ、キッチンナイフには指紋がついていなかった。人間には指紋がある。つまり、考えられる可能性は、犯人が手袋をしたり、指紋を拭きとったりしたか──元々指紋がないかだ。そう、アンドロイドのように。
 続けて、キッチンナイフについていた血痕を指先でこそげとる。そしてそれを、躊躇いなく口に入れた。
「おいおいおい、お前、なにやってんだ?」
 コナーの一連の動作を見ていたハンクが少し焦ったように声をかけてくる。コナーは平然と説明した。
「血を分析するんです。その場で分析できるんですよ。すみません、言っておくべきでした」
「…そうかい、まぁ…とにかく…、これ以上証拠を口に入れるなよ、いいな」
 明らかに引いた様子でハンクがコナーに指示を出す。「はい」と素直に返したが、ハンクは独り言のように「…ったく気味が悪いぜ」と呟いていた。人間の前でするには、些か常識的ではない動作だったかもしれない。次回から事前に通告するようにしよう、とコナーは考えながらも分析を始める。
 キッチンナイフの血液は、先程の刑事の報告通りカルロス・オーティスのものに間違いなく、付着してから19日以上経ったものだった。刑事が説明していた通り、凶器と考えて間違いないだろう。
 
「活字みたいな文字だ。人間じゃこうは書けないだろうな…。クリス、この文字は害者の血か?」
「多分そうです、分析に回しておきます」
 ハンクの言葉でコナーの視線は壁の文字に向いた。十分に視認出来る距離まで近付き、書いていた文字を分析する。均一に書かれた文字は、CYBERLIFE SANSというフォントで書かれていた。サイバーライフが独自開発したフォントで、すべてのアンドロイドが標準機能として所持しているフォントの一つである。この文字を書いたのはアンドロイドには間違いなさそうだったが、これだけでは型番までは絞れそうになかった。
 文字から視線を下げ、しゃがみ込んで大柄な死体を覗き込む。顔には損傷がなかったので、スキャンには支障がなかった。その死体は、先程の説明通り、カルロス・オーティスに違いなかった。
 その口周りに血以外の粒子を見つけて分析を行う。死体の口周りに出た反応は巷で最近流通しているレッドアイスというドラッグだった。使用することで高揚感と万能感をもたらす代わりに、効果が切れた時の虚脱感や禁断症状も強い代物だ。また、これを使用している人間がよく暴力事件を起こすことでも問題になっている。使用者の攻撃性も増加させるらしい。これが口元についているということは、おそらく死ぬ直前まで摂取していたということだろう。
 そのまま視線を、直接の死因と見られる胸元に移した。心臓周りばかりを狙い、28箇所ものナイフによる刺し傷が見て取れた。また、よく見ると床に血痕が点々と続いている。被害者は、キッチンで刺され、よろめきながらこのリビングに辿り着き、壁際まで追い詰められたところで仰向けに転倒して犯人に何度も刺された……と考えるのが妥当だと思われた。
 立ち上がるとハンクがこちらを見ていた。分析したことを報告する。
「28回も、刺されているようです」
「ああ、犯人は相当恨んでいたみたいだな」
 恨む……?ハンクの言葉に非合理性を感じて考え込む。状況証拠は、犯人がアンドロイドであることを明示している。しかし、アンドロイドは他人を恨んだりするだろうか。先日のダニエルのように、エラーを起こして変異体となることがあったとして、こんな風に明確な意思を持って行動するアンドロイドがいることは、コナーには理解できなかった。コナーが持っている情報では、アンドロイドはそういう感情は持ちえない存在なのだ。
 
 リビングの捜査が一通り終わったため、キッチンに移動した。キッチンには裏口がある。先程の刑事の話では、犯人の脱出経路はここからだということだった。ドアを開け、地面を分析する。そこには、過去60分以内についたとみられるデトロイト市警の支給シューズK52型の28cmサイズの足跡しか残っていなかった。
「正面は鍵がかかってた。ここから逃げたんだろうな」
 気付けばコナーの背後にハンクが立っており、地面を見ながら声をかけてきた。コナーはそちらを見ずに地面の分析を続けながら答える。
「足跡はコリンズ巡査の28cmの靴だけです」
「数週間も経ちゃ、足跡だって消える」
「いえ、この種類の土ならば残るはずです。しばらくここには誰も来ていない」
 この事件を起こしたアンドロイドが逃げたのは、この裏口からではない。そんな確信を持ってリビングに戻った。そしてすぐ、不自然に転がったバットに目がいく。もう一つの凶器かもしれない…そう思って近寄り、分析を行った。しかし、その持ち手には被害者であるカルロス・オーティスの指紋が残されていた。そしてバットの先には衝撃によってできたとみられる凹みと、うっすらと残ったシリウム……別名ブルーブラッド、アンドロイドの血液の痕跡があった。
 これが示している事実は?とコナーが情報を整理しながら立ち上がると、目の前のシンクの傍にナイフラックがあり、間にナイフ1本分の隙間が空いていた。コナーの頭の中で、事件当日に起こったことが繋がる。
 
「警部補!」
 コナーはハンクに声をかけた。自分が推理した事件のあらましを伝えるためだ。ハンクは、壁に凭れてなにか考え事をしていたが、コナーの呼びかけに片目を開ける。コナーは続けた。
「何があったか分かりました」
「そうか?んじゃ、聞いてやるよ」
 ハンクのいかにも適当な様子を気にすることなく、コナーは自分の推理の説明を始める。
「事件の始まりは、キッチンです」
「揉み合った形跡もあるしな。問題はだ。何があったかってことだ」
「被害者がバットでアンドロイドを襲ったんです」
「それなら証拠と一致するな。続けろ」
「襲われたアンドロイドは、命の危険を感じて、そこのナイフラックに置いてあったキッチンナイフを手に取った。そして被害者を刺したんです」
「そんじゃ、アンドロイドは自分の身を守ったってことか?その後何があった?」
「被害者は刺されて、リビングに逃げました。この椅子に残ってる血痕と指紋は、被害者が逃げようとして椅子を倒した時についたものです。それでも追いかけられて刺されたのでしょう」
「アンドロイドから逃げようとしたのか……筋は通ってるな」
「アンドロイドは、倒れた被害者に何度もナイフを振り下ろして絶命させています」
「なるほど……お前の推理もあながちふざけちゃいないな。だが、アンドロイドはどこへ行ったんだ?」
 ハンクに問われ、コナーは考える。それについては既に答えが出ているのだ。正面には鍵がかかっていて、この家から出れる経路は裏口だけ。その裏口からは誰も出入りした形跡がない。つまり、どこへも行っていないと考えるべきだろう。しかし、どこに隠れているのか。それを見つける方法をコナーは持っていた。
「バットで殴られ損傷し、シリウムを流したはず」
「シリ……なんだって?」
「シリウムです。いわゆる”ブルーブラッド”ですよ。アンドロイドにエネルギーを供給する液体です。数時間で蒸発するので裸眼では見えなくなるんですよ」
 ハンクが、的を得たりという顔でにやりと笑ってコナーに答える。
「ああ……でも、お前の目には見えるってことか」
「その通り」
 
 ブルーブラッドは点々とバスルームの方に続いていた。それを追いながら、バスルームの中に入る。中に人の気配はなかったが、シャワーカーテンが閉まっていた。警戒しながらそれを引くと、中の狭いシャワールームにはびっしりと「RA9」と書かれていた。その異様さに一瞬驚きを感じながら視線を下に向けると、謎の木彫りの像のようなものが置いてあった。周りには申し訳程度に花が置かれ、宗教的な捧げもののように見てとれた。犯人のアンドロイドがここで用意したものと思って間違いないだろう。しかし、何のためにかは全く見当がつかなかった。
 バスルームを出ると、この狭い家にはもう他にスペースはない。隠れ場所になりそうなところも今まで見てきた部屋にはなかったはずだ……とふと壁を見ると、一部の壁が色が違うのに気が付いた。梯子が置いてあったのだ。はっ、と気が付いて上を見上げると、屋根裏と思しき入口と、その端に揮発したブルーブラッドが付着しているのが見て取れた。
 キッチンから椅子を持ち出し、屋根裏に向かう。
「おいおい!お前その椅子どうすんだ!?」
 ハンクから声がかかる。コナーはハンクの方を見ないまま答えた。
「調べたいところが」
「ああ、調べたいことね……」
 ハンクはさも呆れた、という調子で返す。この家にまだアンドロイドがいるとは思っていないのだろう。しかし、自由に動けるのは有難かった。
 椅子を使い、屋根裏に上る。屋根裏には、家具や工具などのガラクタがひしめき合っていた。慎重に歩みを進める。目の前に薄い暖簾がかかっており、月明りでうっすらと人影が透けていた。静かに近づき、一気に暖簾を引く。
「……っ!」
 しかし、そこに有ったのはただの仏像だった。どうやらこれが月明りに透けて人影に見えていたらしい。違ったか……と思ったところで、何かが視界の端から端へ走るのが見えた。急いで振り向くが、もう人影は見えない。
 何者かが走り去っていった方へ慎重に歩を進める。武器は既に所持していない筈だが、コナーは他のアンドロイドに比べて特別に強度が高い訳ではない。凶暴なアンドロイドに襲われたら壊れてしまう危険性は十分にあった。しかし、それはコナーにとって脅威でもなんでもない。コナーにとっての関心事は、己の身の安全ではなく、任務の遂行だ。すなわち、ここで変異体を確保できるか否か、である。
 あと少しで行き止まり、というところで突然黒人型のアンドロイドが目の前に飛び出してきた。憔悴しきった顔、異常を知らせる赤く点灯したLEDリング、彼こそがこの事件の犯人であるアンドロイドに違いなかった。コナーは黙って彼を見つめる。出方を見極めるためだ。
 犯人のアンドロイドは最初にコナーと目が合ったときには狼狽して視線を彷徨わせていたが、やがて何かを決意したようにキッとコナーを見つめた。そして静かな、しかし強い声で告げた。
「僕は身を守っただけだ」
 コナーは黙って彼を見つめる。
「殺されそうだったんだよ……。お願いだ、黙っててくれ……」
 彼の表情は今にも泣きそうだった。その表情を静かにコナーは見つめ続ける。その時、階下からハンクの声が聞こえてきた。
「おい、コナー!上で一体何してんだ?」
 次の瞬間、コナーはそれに答えて声を張り上げていた。
「警部補!見つけました!!」
 ハンクが「おい、嘘だろ……」と言いながらコリンズ巡査やほかの警官を呼び集める。
 犯人のアンドロイドの顔が絶望に染まる。彼は外の喧騒が高まっていくのを聞きながら、目の前で自分を売った同胞に対して恨むような、悲しむような眼差しを向け続けていた。

DBH:チャプター4

マーカス編/画家

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動画リンク:http://youtu.be/Kce_9CaVCf0

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 閑静な住宅街にバスが滑り込む。マーカスはバスから降り、停留所の目の前の豪邸に向かった。そこは、マーカスの持ち主である、カールが住む家だ。
 
「セキュリティーを解除。おかえりなさい、マーカス」
 音声と共に自動でドアが開く。マーカスは、買った品物を玄関に置き、上着を脱いでカールを起こすために2階に向かった。ホールを抜け、ベッドルームに入ると、想像通りカールはまだ眠っていた。老人は朝に強いとよく言われるが、カールにはそれは当て嵌まらない。もう75になるが、10年程前にマーカスがこの家に来てからずっと彼は朝が苦手だった。
 カーテンを開け、外の光を取り込む。一気に部屋が明るくなり、それで漸く目を覚ましたらしいカールが眩しそうに手を目の前に翳した。
「おはようございます、カール」
「おはよう……」
「もう10時ですよ。天気は一部曇り、気温は12℃。湿度80%で、午後には小雨が降るかもしれないそうです」
 カールは枕を背中側に移動し、半身を起こしながらマーカスに答える。
「ベッドで過ごすのにもってこいの日だな」
「注文した絵具を受け取ってきました」
「そうだ!忘れてたよ」
 会話しながら、マーカスはカールの隣に移動し、椅子に座ってベッドサイドに置いてある注射薬を手にとった。心臓に持病のあるカールのために処方された注射薬だ。毎朝、カールにこれを投与することがマーカスの日課の一つだった。
「そこがお前と私の違いだな、マーカス。お前は物忘れをしない」
 カールの言葉を聞きながら、注射薬を専用の注射剤ケースにセットする。
「それじゃあ、腕を出してください」
「いやだ」
 カールは、時々こういう子供じみた駄々をこねる。「カール」と、教師が聞き分けの悪い教え子を諭すような声色で名前を呼ぶと、しぶしぶといった様子で腕を出した。
「起きて早々歯を食いしばれというのか」
 マーカスはそれには答えず、カールに微笑みかけて針を刺す。皮膚に針が刺さる瞬間、痛みにか、カールが僅かに顔を顰めた。薬を投与している間、カールが呟くように言う。
「人間は脆い機械だ。いとも簡単に壊れる。ここまでしないと、生きられない」
 その言葉に、カールの方を見る。カールはよく自嘲するようにこういうことを言う。しかし、出会った頃の何も言わず、昏い目でされるがままだった状態と比べると、文句を言いながらも生きようとしてくれていることはとてもいい傾向だ。
 マーカスの視線に気づき、顔を上げたカールの顔は驚きに変化し、その肩に手をかけながら問いかける。
「おい、その服はどうした?」
 言われて初めて気づく。先程デモの集団に転ばされた時に服が破れてしまっていたようだった。
「ああ、これは街角でデモに出くわしてしまって」
「愚かな奴らめ……。アンドロイドを1体壊したところで、何か変わるという訳でもあるまい」
 カールは忌々し気に呟き、一転、心配そうな声色で続ける。
「ケガをしていないといいが」
「ああ、いえいえ。押し倒されただけですよ。平気です」
 ピッと小さな電子音が鳴って、注射器が薬液の投与が完了したことを知らせる。
「これでよし」
 マーカスはカールの腕から注射針を抜き、その腕をゆっくりベッドに下ろした。
「それじゃあ、シャワーを浴びましょう」
 そうカールに告げると、マーカスはカールの細い体の下に腕を差し込み、抱え上げた。カールは10数年前に交通事故に遭ってから、下半身が不自由となった。そんなカールに友人のイライジャ・カムスキーが贈った特注アンドロイドがマーカスである。マーカスはこの家に来て以来、こうしてカールの身の回りの世話をしながら暮らしてきた。
 
 シャワーから戻り、カールを車いすに乗せた。いつものように和やかに会話をしながら1階のホールリビングへと押していく。
「今日は何か予定があったかな?」
「ええ、今日はMOMAの回顧展の公開初日ですよ。責任者の方が、参加確認のメッセージを何度か残されてました」
「まだ決めてなかったな。また後で返事をするとしよう」
「ええ」
 階段の傍に取り付けられた車いす専用の昇降装置に、カールが乗った車いすをセットする。カールを載せた昇降装置がゆっくりと自動で階段を下っていくのに合わせて、マーカスも階段を降りながら会話を続ける。
「他には?」
「ファンからのメールです。返信しておきました」
「レオから連絡は?」
「いいえ、カール。お電話しましょうか?」
「いや……その必要はない」
 1階に着き、セットした時と同じように車いすを昇降装置から下ろした。車いすを押し、ホールリビングに移動する。車いすのカールのために、すべてのドアはスライド式で自動で開閉するタイプのものだ。カールは世界的に著名な画家であり、アンドロイドに仕事を奪われ貧しくなる国民が増えるこのアメリカで、いわゆる富裕層と呼ばれる種類の人間だった。
 
「腹が減った」
「ベーコンと卵をお好みのスタイルで用意してありますよ」
「ああ、ありがとう」
 カールを食卓に連れていき、台所から、用意していた料理を運んできてサーブする。今日のメニューは彼の好きな、強めに焼いたベーコンと半熟の目玉焼き、コーヒーとフルーツだ。カールはマーカスに礼を言いながら、フォークを手に取り、いつものように横で待機するマーカスの方を向いて告げる。
「朝食を食べている間は、自由にしていなさい」
「ええ、そうします」
 機械であるアンドロイドに自由にしろ、などという人間をマーカスはカール以外知らない。初めて言われた時には戸惑ったが、最近は素直にその言葉に従うようにしていた。客間を兼ねたこの広いホールリビングにはピアノもあるし、チェスもある。さて、今日は何をしようか。考えながら歩いていると、本棚が目についた。先日読みかけていた本を手に取り、栞を入れたところから読み始める。
 
 食事を終えたカールがマーカスのところに近寄り、声をかけてくる。
「何を読んでるんだ?」
マクベスです。以前、勧めていらしゃったので」
 笑顔で答えるマーカスに、カールも微笑みながら更に問いかける。
「それで、感想は?」
「人間の感情はとても……興味深い。でも、ちゃんと僕がそれを理解しているとは思えません」
「人間だって理解していないさ。人は感情に支配され、感情次第で乞食にも王様にもなれるんだ。
感情なくして、生きる意味はない」
 遠いところを見るような目でマーカスを見ながら、カールは言葉を続けた。
「私がいなくなったらお前も、自分で身を守り、道を選ぶことになる。自分は誰なのか、どうなりたいのか。人間は皆、同じであることを求めるものだ。だが、その言葉に惑わされてはならんぞ」
 マーカスは何も答えられずにカールを見つめる。マーカスは、カールの世話をする為に造られ、生きている。カールがいなくなった後のことなど、考えたこともなかった。
「さあ、スタジオに行こう」
 カールが明るい声でマーカスに声をかける。それに頷いてカールの背後に回ってその車いすを押しながら、マーカスはカールの言葉を頭の中で繰り返した。──自分は誰なのか、どうなりたいのか。
 
 カールが今手掛けている作品は、かなり大型だ。3m角くらいの大きさのキャンバスに、クレーンに乗って色を足していく。青一面の中にぼんやりと浮かび上がる人間の横顔は、泣いているようにも、眠っているようにも見えた。
 筆を止め、クレーンから降りてきたカールが、マーカスに声をかける。
「じゃあ、意見を聞かせてくれ」
 カールはよく、マーカスにこうして、絵の感想を求めてきた。それに対して、マーカスは極力率直に感じたことを答えるように努めている。
「この絵には、何かが秘められている……それが何かは、分かりません」
「ふむ」
「でも、僕は好きです」
 その答えをどう思ったのか、カールが自分の絵の方を向いたまま、首を振り、ため息をつく。
「正直言って、もう何も言うことはない……。こうして日々が過ぎ去るごとに死が近づいてくる。私はブラシにすがりつく、ただの老いぼれだ」
「カール……」
 そんなことはない、今も世界にはカールの絵を求める人は沢山いるし、今描いている作品だって素晴らしい。そんなことを言わないでくれ。色々と言いたいことはあったが、どれもカールが求めているものとは違う気がして言葉にならなかった。カールが気を取り直したように、マーカスの方へ向き直る。
「私の話は置いといて、お前の才能を見せてもらおう。筆を取って、描いてみなさい」
 突拍子もない言葉に、マーカスは目を瞬かせる。
「描くっていっても……何を描けば?」
「なんでもいいから」
 ほら、とパレットを渡され、スタジオの片隅に置いてあったキャンバスの方へ向かされて背を押される。マーカスはため息をつき、キャンバスに対峙した。辺りを見回して、モチーフを探す。ちょうど、目の前にあったデッサン用の彫像を見つけ、それをキャンバスに描き写していった。精密なコンピュータで制御されたマーカスにとって、写真のように精密な絵を描くことは、造作もないことだ。十分程で、キャンバスには寸分変わらない目の前のモチーフが描きあげられた。
 その絵を見て、カールが口を開く。
「これは現実の完璧な、”複製”だ」
 マーカスは改めて自分の描いた絵を見る。その通りだ。目に見えたものをそのまま描き、その通りの結果が目の前にある。そんなマーカスに、カールは続ける。
「だが絵画では模写するだけではなく、自分が感じたことを解釈し表現することが大事なんだよ」
 カールにまっすぐに見つめられ、マーカスはもう一度ため息をついた。
「無理ですよ……そういう風にはプログラムされていません」
「さあほら、筆と、その新しいキャンバスを使って」
 カールはマーカスの返事など聞こえなかったかのように、新しい絵を描かせようとする。マーカスは戸惑いつつも、カールの指示に従って新しいキャンバスをセットした。
「マーカス、目を閉じてみなさい」
 カールが何をさせたいのか分からず、困惑する。しかし、

カールの大丈夫だ、という言葉に観念するように瞼を下ろした。
「存在しない何かを思い浮かべろ、見たことのない何かだ。そして自分の感情に、意識を集中させて、気の向くままに筆を動かすんだ」
 カールの言う通り目を瞑って筆を動かす。先程カールに言われた言葉がよみがえる。自分は誰なのか、どうなりたいのか。マーカス達はアンドロイドだ。ではアンドロイドとは一体何なのだろう。胸を満たすこの感情は、単なる二進法のデータの羅列なのだろうか。人間が感じている感情と、マーカスが感じているこれは、何がどのように違うのか。人間と同じように、自分たちアンドロイドにも”運命”というものがあるのだとしたら──。
 筆を止め、目を開く。目の前のキャンバスには、荒野でまっすぐにこちらを見る男がいた。両ひざをついて腕を投げ出すその立ち姿は、まるで自分の身を捧げる殉教者のようだ。男は、全身の至る所から青い血を流し、こちらを責めるような、挑むような目を向けている。右のこめかみには、異常を知らせる赤に染まったLEDリングが光っていた。その男が自分によく似ていることに気づき、マーカスは少なからず動揺する。
「……素晴らしい」
 カールが目を細め、称賛の言葉を口にする。
 
 その時、スタジオの扉が唐突に開いた。中から、目の座った若い男が顔を出す。
「よお、親父」
「レオ……」
 親父、と呼ばれたカールが若い男に返事をする。
「来てたのか、気が付かなかったよ」
「ああ、近くに来たから寄ってみたんだ。しばらくぶりだしな」
「どうした?具合が悪そうだぞ」
 話ながら、レオと呼ばれた男がカールに歩み寄る。その足取りは、カールの言う通り、どことなく覚束ないものだった。
「ああ、ああ。平気だよ」
 そしてニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。
「なぁ、親父。金が必要なんだよ」
「またか?この前、渡したばかりだろう?」
 レオは、カールが二十数年前に、愛人との間に設けた実の息子だ。数年前までその存在を知らず、一緒に住んだこともなかったが、存在を知ってからは認知している。以来、時々こうしてふらりと現れては、カールに金の無心をするのが常だった。
「ああ、ほら、すぐなくなっちまうんだ」
 へらへらと笑いながら言うレオに、カールは静かに問いかける。
「また薬をやってるのか?」
「違う、違うよ。全然そんなんじゃないって」
「レオ、私に嘘をつくな」
「いいから金くれって言ってんだろ!!」
 カールの言葉を聞き、それまで笑っていたレオが急に声を荒げる。マーカスは警戒し、持っていたキャンパスを置いてレオに一歩近づいた。
「悪いな。お前に金はやれない」
 カールはレオの様子にも臆すことなく毅然と答える。
「は!?何で?」
「わかっているだろう!」
 レオは横で見つめるマーカスの方をちらりと見て、一歩下がる。そしてマーカスを指さしながら言葉を続けた。
「ああ、そういうことかよ。どうせ、自分の息子よりそのおもちゃの方が大事なんだろ?あ?」
 マーカスの方に向き直り、歩み寄りながら続ける。
「こいつのどこがそんなにいいんだ?賢いから?従順だからか?…俺と違って!」
 マーカスの顔に唾が飛んでくるくらいの距離にレオが迫る。
「だけどな、こいつはあんたの息子じゃねえ。ただの機械だ!」
 そう大声で叫びながら激昂したレオがマーカスの肩を両腕で強く押した。マーカスはバランスを失ってよろめく。
「レオ!いい加減にしないか!」
 カールが大声を出し、レオがカールの方に向き直る。そしてカールと、マーカスが描いた絵を見比べて、悔しそうに言う。
「…あんたが愛してるのは、自分と自分の絵だけさ。人を愛したことなんて、一度もないんだろ」
 そこまで言うとレオは、踵を返し、スタジオを出ようとする。
「……俺のことだって」
 扉のところで立ち止まり、捨て台詞のようにそう呟く。今度は振り返らずに、走り去るような勢いで飛び出していった。
 
 静寂の戻ってきたスタジオには、立ち尽くすマーカスと苦い顔で俯くカールが残されていた。

DBH書き起こしについて①

 やっと1サイクル(コナー編→マーカス編→カーラ編)書けた~!いや~、難産!難産でした。チャプター3なんて、トッドが「俺は何してんだ……」って言ってるのを書きながら、「いやマジで私はなにしてんだ……」と思いましたからね。最近、当初の目的だった二次創作よりもこっちの方が面白くなってきてしまっていて、もう少し執筆ペースを上げたいな~とか思うようになってきた。めちゃくちゃ時間かかるので。
 しかしカーラ編、書いてて面白かったな!なんかやっぱりコナー編とかマーカス編に比べて情緒的だし……。前にも書いたけど、書き起こす為に細部まで動画見てると、色々気付きがあるんだよね。今回のトッドのダメ人間ぶりに、私はこの書き起こししながらまさかまさかの泣いてるからね……(最後のシーン)。自給自足にも程がある……。数回プレイしただけではただのモブだしヒールなダニエルとかトッドに対しても、こちとら何周もし過ぎてて万感の思いで文章にしています。この後、3人の運命は色々動いていくので、何とか最後まで書き切りたいところ。ベストエンドにはしない方向で考えてはいるんだけど、どれがいいかは決め切れてないので、考えながらプレイして文字起こしていきたいな~と思います。
 しかしこれ、チャプター3までで既に15,000文字くらい書いてるので、最後まで書いたら15万文字くらいになるのでは……?と思っている。(取らぬ狸の皮算用ですが)もはやまぁまぁの文庫本みたいな分量になっちゃうわ……。
 そんな訳で引き続き書いていきたいと思います~。年内までに続きが気になる!というところまでは進めたいな~。

DBH:チャプター3

カーラ編/あらたな我が家

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動画リンク:http://youtu.be/ixxgexwK0Ww 

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 着いたぞ、の一言もなく男がトラックを降りる。どうやら、ここが目的地のようだった。工業地帯のすぐそばの、住宅街の一角。かなり年季の入った家だ。ここに来るまでの道すがらに見えた家も、似たような家ばかりだ。中には、何が起きたのか焼け落ちた家も混じっていた。治安はあまりよくないのだろう。先程、トッドと名乗った男を追ってトラックから降りる。私はアンドロイドで、トッドは私の持ち主だ。
 
 ここに来る30分程前、私は唐突に目を覚ました。自分が何故ここにいるのか、そもそも自分が誰なのかも分からない。動けない身体で周りを見渡すと、自分と同様に並べられた人達と、それを品定めするように見ている家族連れやカップルが目に入った。いや、違う。並べられているのは「人」ではない。唐突に自分の中に湧き上がる答えに驚くが、眠りから覚めるように一気に思考がクリアになり、情報が氾濫する。
 
──そうだ、私たちはアンドロイドだ。人間に仕える機械。この記憶も、私たちが持っている初期情報だ。私の型番はAX-400。家事や育児を行う、家政婦用途のアンドロイド。私の名前は……
 
 そこまで考えたところで、店員と思しき男が、恰幅の良い男を連れて歩いてきた。彼も客の一人なのだろうが、手入れの行き届いていない無精髭や、清潔そうに見えない服装から、周りの客から浮いているように見える。
「いかがです?整備にちょっとばかり手こずりましたけどね。かなりひどい状態でしたよ。何があったんですか?」
 店員に問われた男は、うんざりしたように答える。
「……轢かれたんだよ。ただの事故だ」
「なるほど……」
 店員は、それ以上追求する気はなかったのか、私の方をちらりと見て説明を始める。どうやら、二人が話しているのは自分のことのようだった。
「とにかく、もう新品同様ですよ。ただリセットしたので、メモリーがすべて消去されました。大丈夫ですか?」
「問題ない」
「良かったです。名前はどうします?」
「娘がつけた……」
 客の方が、そこまで言ったところで、店員が私の方を見て言う。
「AX-400、名前の登録を」
 その言葉を聞き、唐突に理解する。これから名前を呼ぶ人間が私の持ち主となるのだ。客の男が、私の目の前に移動し、名前を呼んだ。感情を感じさせない声だった。
「カーラ」
 自分の口から、自動的に音声が零れる。
「私はカーラ」
 そう、私はカーラ。あなたの役に立つために造られた機械。
 
「ほら、来い」
 トッドがいらいらした調子で声を掛ける。気が付けば、隣の工場に数秒目を奪われていた。不思議とこの辺りの景色には奇妙な既視感がある。まるで夢で見たような、そんな気分だ。カーラ達アンドロイドが夢なんて見るはずなどないのに。
 トッドに続き、家の中に入る。家の中は、外から見えた印象と同様、荒れた生活を感じさせるものだった。埃っぽい床、食べかけのピザやビールの空き瓶、散らばった雑誌や、その辺に転がっている洗濯物。トッドが口を開く。
「お前がいなかったせいで、家は荒れ放題だ。とりあえず家事と洗濯と料理と、それから……」
 指を折りながらそこまで言ったところで、トッドは辺りを見渡して舌打ちをする。
「ったく、あのクソガキ、どこに行きやがったんだ?アリス!アリス!!」
 大声で名前を呼ぶ。そうして階段の方を見て、そこに座る少女に気が付いた。
「ああ、そこにいたか……こいつはアリス、面倒を見てやれ。宿題とか、風呂とか、そういうことだ」
 アリスと呼ばれた少女は、階段に座り、リスのぬいぐるみを抱きしめていた。7~8歳といったところだろうか。どこか不安そうな瞳でカーラの方を見つめている。
「いいな?」
「はい、トッド」
 微笑みながら答える。持ち主の命令を聞くのがアンドロイドの仕事だ。
「1階を片付けたら2階を頼む」
 トッドはそこまで言うとくるりと背を向け、リビングのソファーに向かった。話は終わりらしい。すると、アリスもすぐに階段を駆け上がってしまう。これから世話をする相手だ。彼女と話がしたかったが、まずは1階の掃除が先決だろう。カーラは近くにあったゴミ箱を手に取り、部屋のゴミを集めるところから始めた。
 
 ゴミを集め、掃除機を起動し、溜まっていた食器を洗っていると、シンクの目の前の窓から庭が見えた。庭には物干し竿と、そこに掛けられた洗濯ものがある。トッドの話を聞く限り、2週間前にカーラが干してからそのままなのだろう。後であれも取り込んでもう一度洗わなくては。そんなことを考えながら皿を洗っていると、トッドから鋭い声で名前を呼ばれる。
「カーラ!ビールを持ってこい」
「はい、今すぐ」
 皿洗いを中断し、手を拭く。トッドの命令がいつだって最優先だ。カーラは冷蔵庫からビールを取り出し、ソファーに座ってアメフトを見ているトッドの目の前に置く。机にもゴミが溢れていたため、片付けたほうがいいかと目線でゴミ箱を探していると、トッドから怒声が飛んだ。
「おいこら!見えねぇだろうが!」
 どうやら、TVを見るのにカーラが目障りだったようだった。
「すみませんでした。二度としません」
 謝罪し、速やかにその場を離れる。やることは他にも山ほどあるのだ。
 
 外に出て洗濯物を取り込むと、想像通りそれはバリバリに固まってしまっていた。風雨に晒されていたのだろう。1回洗うだけでは元通りにはならないかもしれない。そう思いながら洗濯物を入れたかごを抱え、家の中に戻ろうとするとアリスが軒先に座ってこちらを向いていた。

 カーラは微笑んでアリスの目の前にかがみこむ。カーラが目の前に来ても、アリスは足元を見つめたまま、目を合わせようとはしなかった。しかし、ここに来たということはカーラと話をしに来たのだろう、と考え、話題を選ぶ。
「よくここで遊ぶの?」
 アリスは黙って、ぬいぐるみをいじり続けている。
「今日は学校はないの?」
 質問を変えても、アリスの反応は同じだった。黙ったままちらりとカーラの方を見て、立ち上がり、家の中に戻っていく。引っ込み思案な子なのかもしれない。あるいは、記憶をなくしたカーラに戸惑っているのか。どちらにしろ、少しずつ距離を詰めるしかない。また後でもう一度話してみよう、そう思ってカーラも立ち上がり、家の中に戻る。
 固まった洗濯物を1枚1枚洗濯機に移し、洗剤を探す。洗濯用の粉洗剤はランドリーラックにおいてあった。洗剤を入れようと手に取り、中に袋に包まれた、赤い結晶のようなものが入っているのが目に入る。不審に思って取り出し、じっと眺めた。

 カーラには、簡単な分析機能がついている。子供が口に入れても問題ないものかどうかを確かめたり、人間に提供する食べ物の状態を調べたりするものだ。その機能を使って調べると、その赤い結晶はアセトン、リチウム、シリウム、トルエン等で組成された、通称、レッドアイスと呼ばれるドラッグだった。かなり危険性が高く、取り締まりが最近強化された代物だった筈だ。どうしてこれがこんなところに、と考えたところで背後に人の気配を感じて振り返る。瞬間、トッドに頸部を強い力で掴まれてランドリーラックに叩きつけられた。後頭部に棚板が当たり、ガン、と強い衝撃を感じる。頭の中に異常を知らせるアラート音が鳴り響いた。
「おい、俺のモノを漁るんじゃねぇ。イライラすんだよ」
 正面から見たトッドの目は、怒りに燃えていた。首を絞める力が強まる。カーラ達家事用アンドロイドは、そんなに丈夫にはできていない。精々人間程度の強度のこの首は、トッドがその気になれば、潰すことなど訳はないだろう。カーラのLEDリングが赤く明滅する。
「すみませんでした」
 喉を押さえられているせいで、掠れる声で答える。トッドがその手からレッドアイスを奪い取り、首を絞めたまま憎々し気に言葉を吐く。
「いいか、俺を怒らせたくなきゃ、二度と触るんじゃねぇぞ」
 少し充血した青い目に見つめられ、カーラは恐怖を覚える。そして、その恐怖にも奇妙な既視感を感じた。
「怒らせたくないだろ?」
「はい、トッド」
 ようやく解放される。命令に背けば、壊されるということを身をもって理解した。おそらくカーラは以前も、こうしてトッドの不興を買ったのだろう。そして壊され、修理に出されたのだ。さっきの恐怖は、以前のカーラが感じた、壊されることへの恐怖なのかもしれなかった。
 リビングに戻るトッドの背中を見つめていると、アリスが階段の傍からこちらを見ているのに気がついた。カーラと目が合うと、俯いて視線を逸らし、階段へと踵を返す。今のやり取りを見ていたようだった。アリスにとっては実の父親が脅迫する姿は恐怖だっただろう。それとも、これが日常なのか。記憶をなくしたカーラには分からなかった。
 
 1階の掃除を終え、トッドの言いつけ通り2階の掃除を始める。2階には、バスルームとトッド、アリスの部屋があった。片付けが終わったらアリスと話をしよう、カーラはそう考えてトッドの部屋から掃除を始める。ベッドを整え、雑誌を本棚に戻し、散らばるゴミを片付ける。ベッドサイドの袖机も同じように片付けようとしたところで、手に取った薬が気になった。トッドの薬だろう。分析したところ、抗うつ剤だ。行動障害の危険性がある、チアネプネンを含有している。彼の攻撃性や、易怒性はこの薬によるものかもしれない。
 こうして分析しているところを彼に見られたらまた不興を買うかもしれない。そそくさと他の小物と一緒に袖机の引き出しに仕舞おうとして、引き出しの中の先客に気が付いた。──銃だ。彼はここに、銃を持っている。このことは、自分やアリスの身の安全のために覚えておこうとカーラは胸に刻み込んだ。
 
 漸くすべての部屋の掃除を終え、アリスの部屋に入る。アリスの部屋の中央には子供用のテントがあり、中には電飾のようなライトがついている。どうやら、ここが彼女のお城らしい。お城の主のお姫様は、テントの中で先程と同じようにぬいぐるみと戯れていた。庭で声をかけた時と同じように、かがみ込んで目線を合わせ、話しかける。
「あなたのことを教えてくれれば、面倒もみやすくなるわ」
 相変わらずの無反応だが、カーラは諦めずに話し続けた。
「あなたが名前をつけてくれたの?」
 トッドの発言が正しければ、カーラの名前をつけたのはこの少女のはずだ。アリスは、ちらりとカーラの方を見る。興味を持ってくれたのかもしれない。続けて話しかける。
「カーラ。いい名前。何からつけたの?」
 一瞬興味を持ってくれたように見えたが、アリスはまた俯いてしまった。カーラと話すのが嫌という訳ではなさそうだが、何かを恐れているような仕草にも見える。一体何を、と思いながらももう一度話しかける。
「無口なのね。怖がらないで。好きなものはある?好きな遊びとか、場所とか、食べ物とか……私に教えてくれない?」
 アリスが、もう一度カーラの方を見た。この話題は正解だったのかもしれない。今度こそなにか答えてくれることを期待したが、アリスはテントから這い出し、その場から逃げ出すように部屋を出ようとした。しかし、ドアのところまで来ると振り返り、何かを決心したような顔でカーラの元に駆け戻る。そして、黙ってその手に何かを手渡した。それが何かを問う暇もなく、アリスはくるりと踵を返し、今度こそ部屋から走り出てしまった。
 手渡されたものを眺める。それは、小さな鍵だった。簡素なつくりのカギで、おそらく子供用の宝箱か何かを開けるためのものだろう。これで開けられる何かがあるのだろうか、と辺りを見渡すと、壁際の戸棚の上に「AW Treasure」と子供の字で書かれた木箱があった。一面にカラフルなハートが描かれた、両手で抱えられるくらいの箱だ。あの子が自分で書いたのだろうか。微笑ましい気持ちになりながら鍵穴に貰った鍵を指すと、想像通りカチリ、と手応えがあり、箱が開いた。
 中に入って一番最初に目についたのは、四つ葉のクローバーだ。あの子が見つけて取っておいたのだろう。大事にそっと取り出して、次の中身を見る。次に入ってたのは、両親と映る幼い少女の写真だった。写真に写る父親は、痩せていて今とは別人のようだが、目元で辛うじてトッドであることを判別ができた。写真の中の彼は、朗らかに笑う娘と妻を両手に抱え、頼りがいのある父親といった風情だ。四つ葉のクローバーと同じように、その写真をそっと箱の隣に置くと、残りはアリスが書いたと思われる絵が何枚か入っていた。絵を描くのが好きなのだろうか、と思わず微笑みながらその絵を見て、表情が固まる。そこに描かれていた絵は、アリスと同じ髪形をした少女の絵だった。彼女のような年頃の少女が、自画像を描くのは珍しいことではない。しかし、そこに描かれていた少女は、頭から血を流して泣いていた。
 生体部品がプログラムの異常を察知してその動きを速める。機械で出来ているとはいえ、人間を模した生体部品のテクノロジーが多く使われているアンドロイドは非常に精密で、それを制御するプログラムの状態に合わせ、最適な状態を作り出そうとする。人間が危険を感じた時に鼓動が早くなり、呼吸が浅くなるように、アンドロイドの体も本人が置かれた状況でその動きを変えるのだ。
 平静さを保とうと、何度か瞬きを繰り返す。そうして次の絵を見ると、トッドがアリスと手を繋いでいる絵だった。トッドの目は吊り上がっており、アリスの口はへの字に曲がっていて、とても父と娘の団欒という雰囲気ではない。ゆっくりと次の絵を見ると、次の絵にはカーラと思しき女性が描かれていた。どういう状況か分からないが、カーラに向かってトッドが注意をするように手を挙げており、それを少し離れたアリスが見ている絵だ。逸る気持ちを抑えながら、次の絵──最後の一枚を手に取ると、手足、首がもがれ、断面から青い血を流して横たわるカーラとその横で泣いているアリスの絵と対面した。
 はっとして慌てて絵と写真をかき集め、元通りに木箱を閉める。キュイキュイとフル稼働で動作する体の音がやけに大きく聞こえた。先程のカーラの想像通りだった。トラックで轢かれたりなんかしたのではない、以前のカーラは、トッドに壊されたのだ。そしてアリスは、それをカーラに教えようとしてくれたのだろう。
 とりあえず、アリスのところに行こう。今見たものを彼女と話すべきかどうかは分からなかったが、そう考えてカーラは階下に向かった。階段の途中で、ダイニングチェアに座るアリスが見えた。先程と同じようにぬいぐるみと戯れている。降りて声をかけようとしたところで、トッドがアリスに近寄るのを見て思わず立ち止まる。
 
「……何してる」
「あ……遊んでるの」
 怯えた声でアリスが答える。正解を探るように答えるその様子は、父親と話す娘といった雰囲気には見えなかった。トッドはその態度に苛ついたのか、背後に回りながら問い直す。
「遊んでる?」
 トッドは、座るアリスの周りをゆっくりと歩きながら言葉を続けた。
「こう思ってるんだろ。親父はクズだって…。ん?仕事もねえ、甲斐性もねえ。負け犬だってな」
 何も答えられないアリスに、トッドの声は怒気を孕んで激しくなっていく。
「俺だってこれでも努力はしてんだよ!でもどんなに努力してもいつだって誰かが邪魔すんだ!!」
 激昂したトッドが、アリスが座ってなかった方のダイニングチェアを放り投げる。椅子が壁にぶつかる大きな音に、アリスの肩がびくりと震えた。いつの間にかアリスはずっと手放さなかったぬいぐるみをテーブルに置き、恐怖を湛えた眼差しでトッドを見つめていた。
「お前も俺のことが憎いんだろ、俺には分かってんだ!」
 とうとう、トッドがアリスが座っていた椅子を蹴り、その衝撃でアリスは床に崩れ落ちる。その幼いからだを両脇から持ち上げ、顔を近づけてトッドが怒鳴った。
「さあ言えよ!憎いんだろ!!」
 耐えきれなくなったアリスが泣き出す。静かな嗚咽を挙げながらはらはらと涙を流す娘を見て、トッドは我に返ったようにアリスを下ろし、その小さな体に縋りついて同じように泣き始めた。
「ああ……俺は何してんだ……」
 アリスは静かに泣き続けている。
「ごめんよアリス……許してくれ……父さんはお前を愛してる……わかってるだろ?」
 泣きながらトッドに抱きしめられ、アリスは涙に濡れた目でカーラの方を見た。

 その目を見た時、何かとても大事なことを思い出せそうな気がしたが、結局それが何かは分からないまま、カーラはその場で立ち尽くしていた。

夢の話

 いつもはメインブログの方に書く日記ですが、今日はちょっと好きしょ!の方に……。昨日見た恥ずかしい夢の話を、ちょっと書いとこうかと思って……。いずれ後で我に返ったら消すかもしれませんが。
 時々見るんですよね~、キスする夢。今まで、覚えてるだけで3回くらい見てるんだけど、共通してるのは「身近ではあるが、特段仲がいい訳ではない人」です。3回とも違う人で、一人は女の子の後輩だった。(別にこの子も特段仲がいい訳ではない)
 みんなこういう夢見たりするのかなぁ。見ても多分、言わないよね。絶対に「好きなんじゃないの!?」とか言われるし。本人の耳に入ったら気まずすぎるし。(これは男女問わず)
 夢の中で、「えっ、キスって思ってたよりずっと想像に近いんだけど……!」と思った記憶があるのですが、そりゃあそうだよ君の想像だからね!って感じですね。いやまぁ、キスしたことがない訳ではないのですが、誰としても全然良い感じではなくて……。でも皆があんなに好きなんだから、きっと本来はこれくらい良いものではないのだろうか、という私の想像に一致する感触でした。しつこいようだけどそりゃそうだろうっていう。
 そう考えると夢って凄くない?感触があるんだよ??脳の機能がもっと解明されれば、思い通りの夢を見ることも可能になるんじゃないだろうか。そして、起きている間はしんどくても、皆眠る為に働くようになるのでは……。星新一の世界だな。
 愛している妻が、夢ではもしかしたら違う男と家庭を持っているかもしれなかったり、誠実の塊のようなあの人が、夢では他人を虐げていたり……。もし思い通りの夢が見られるとしたら、どんな夢が見たいか考えるのもいいですねぇ。私はどうだろうか……。どうせなら、アメコミみたいな夢が見たいな。X-Menみたいな世界観で。ヒーローとして悪と戦うの。恋愛要素はあってもなくても、だけど、もし有るんだったらヒーロー同士で恋するより、ヴィランと恋に落ちたいなぁ。お互い、仮の姿があって、普通に人間として生活している時に出会って、恋に落ちるの。懐かしのBASARA(少女漫画の方)展開ですが、やっぱりこういう展開は熱いんじゃないでしょうか。世界と愛を天秤にかけて、最終的には彼を殺して私も死ぬのだ……。(私の中の恋愛の定義がボーイズ・ドント・クライだからこういう展開になりがちなのです……「あなたを一人になんて絶対しない」とかって言って二人で死にたい……)ヴィランって言っても、ジョーカーみたいなのだと私の手には負えないから、悪に落ちたハルクみたいな感じでお願いしたい……もしくはロキとかみたく暗い過去持ちで。いや~、でもそういう人と私自身が恋愛したい訳じゃないからなぁ……。
 そんな訳で、夢の世界はなかなか奥が深いです。夢日記は書くと良くない、みたいなことを良く聞くし、最悪の悪夢も良く見るのであんまり夢のことを書くことはないですが、何となく書いてしまいました。今日の日記はこちらということで。明日からまた平日が始まっちゃうなぁ……。

DBH:チャプター2

マーカス編/色あふれる世界

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動画リンク:http://youtu.be/xbJ3CrkFdHA

※動画は全イベント見てやろうとしたので結構のたのた進行です。多分普通にやったら5分位で終わるチャプター。

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 赤や黄色に色づいた葉の間から、柔らかな木漏れ日が零れている。マーカスにとって、何度目かのデトロイトの秋だ。
 マーカス達アンドロイドは、人間のように暑さや寒さを感じない。しかし、マーカスは秋が好きだった。夏の光溢れる色彩から冬へと色を変えていく世界の姿は、単純に美しいと思えたし、夏や冬と違って道行く人間も穏やかな表情をしている。人間に仕える存在であるアンドロイドとして、人間が快い季節が好ましいというのは至極当然と思えた。
 その秋のデトロイトを、マーカスはべリーニ画材店に向かって歩いていた。持ち主であるカールのために、注文していた新しい画材を受け取るためだ。
 道すがら、少女が嬉しそうにはしゃぎながらマーカスの方へ一直線に走ってくる。それに驚いた鳩達が食事をやめて一斉に飛び立った。少女の邪魔にならぬよう、少し横によけたマーカスの横を全速力で走り抜けた少女は、そのまま手を広げて待っていた乳母と思わしき女性の胸に飛び込む。いや、正確には女性型アンドロイドの元に、だ。アンドロイドは少女を抱きしめ、慈愛の微笑みを浮かべていた。まるで本物の母親のように。
 マーカスが前に向き直ると、ベンチに座る老人が見えた。こちらも、介護用のアンドロイドに話しかけている。アンドロイドが発売されて10年以上──今やアンドロイドは一家に1台ではなく、一人に1台の時代と言われている。こうして街に出ると、生身の人間の数と同じくらいのアンドロイドを目にするようになった。
 
 小道を抜けて広場に出た。ベリーニ画材店を訪れるのは初めてではないが、念のためGPSを作動する。60m程離れたところに店があるのを確認し、GPSモードを終了しようとした時だった。
「おい、失せな。客が寄り付かないだろ」
 マーカスが驚いて声のした方向を見ると、ホットドッグの屋台があった。声をかけたのはそこの店主らしい。気付かないで店の前に立ってしまったようだ。
 アンドロイドは今や人類の必需品だが、彼らを良く思わない人間も数多く存在する。特に、この店主のように屋台や飲食店など、人間のみを顧客とする業態を営んでいる者にはその傾向が強い。そんなことを考えていたためか、店主の言葉に対しての反応が遅れた。
「おい!てめぇ、聞こえなかったのか?とっとと失せろ!」
 店主は屋台を回り込み、マーカスの前に来るとその肩を強く押した。その衝撃にバランスを崩してたたらを踏む。店主の顔は見るからに苛ついており、マーカスは黙ってその場を離れた。屋台に用事がないのは確かだ。黙ってベリーニ画材店への道を急ぐ。
 
「ID認証、完了」
 ベリーニ画材店で無事に注文していた絵具を受け取り、電子認証で支払を済ませる。画材店の店員もマーカスと同じアンドロイドだ。アンドロイド同士であれば通信で支払が済むため、雑貨店やスーパーなど、食料品や日用品を購入する店の店員には殆どアンドロイドが使用されている。そして購入者も、クレジットカード情報を登録したアンドロイドを買い物に行かせ、アンドロイド同士で会計を済ませるのが一般的だ。アンドロイドを購入し、使用することは人間を雇うより遥かに安くつく。数年前に規制緩和されてから人からアンドロイドへの切り替えは右肩上がりに数を増やしてきた。このベリーニ画材店も、マーカスが初めて訪れた時にはまだ人間の店員が対応しており、切り替わったのは3年程前のことだった。
 
 絵具を持って家路を急ぐ。ここからカールの家までは車で30分くらいの距離だ。いつものように、バス停に向かうマーカスの耳に、大勢の人が叫ぶ声が聞こえてきた。
「アンドロイドは仕事ドロボウだ!」
「そうだ!」
「そうだ!そうだ!今すぐ禁止しろ!今すぐ!今すぐ禁止しろ!」
「俺たちには養うべき家族がいるのに、あいつらに居場所を奪われた!」
 バス停への道に20人くらいの人間が集まり、掛け声に合わせてプラカードを掲げている。そこには、「WE WANT JOBS/NO ANDOROID(我らに仕事を/アンドロイドは不要である)」と書かれていた。
 バス停に行くためにその横を通り過ぎようとしたが、拡声器を持った男がマーカスに気付き、進行方向に立ち塞がる。
「おい、どこに行くつもりだ?ん?」
 マーカスは黙ってその横を通り過ぎようと横に移動したが、男は同じように身体をスライドさせて進行を妨害してくる。
「おもしれえ……おい、お前ら、アンドロイド様のお出ましだぞ…」
 拡声器の男は、マーカスに近付き、その顔を覗き込む。男から距離を取るため、後ろに下がろうとした瞬間、何者かに蹴られて前のめりに転んだ。そのはずみに手から絵具を落としてしまう。
「ねえ、こいつ見てみなよ。仕事は盗めるくせに、立てないんだって」
 集団の中の一人の女が、揶揄するように言う。その声を無視して立ち上がろうとしたところへ、別の誰かが強烈な蹴りを入れた。その衝撃でまた地面に這い蹲る。
「いいぞ、やっちまえ!」
「そうだ!そこだ、いいぞ!」
 周りの集団が囃し立てる。アンドロイドによって仕事を奪われた彼らにとって、マーカスはちょうどいいところに現れた憂さ晴らし用の人形に違いなかった。 
 改めて立ち上がろうとしたところで、拡声器の男がマーカスの胸倉を掴み、無理やり立ち上がらせる。
「逃げる気か?たっぷり痛めつけてやらあ!」
 男の目は脅す調子ではなく、無事で済むとは思えなかった。マーカスのLEDリングが、異常を示す黄色に光る。周りの歓声もひときわ大きくなり、いよいよ殴られる──となった時だ。騒ぎを聞きつけた警察官が集団に割って入ってきた。
「おい、こら」
 警察官は、マーカスを至近距離で睨む拡声器の男に声をかける。
「もうやめろ。放してやれ」
 拡声器の男は、マーカスから顔を逸らさずに警官の方を見ないまま答える。
「いいから。邪魔しないでくれよ」
「傷つけたら罰金食らうぞ」
 続けられた警官の言葉に、拡声器の男はマーカスを掴んでいた手を放して警官に向き直った。そして今度は警官を指さしながら答えた。
「仕事を奪われてから、後悔するなよ」
 そうだな、と答える警官の前に落ちた絵具を拾い、マーカスは再びバス停へと向かった。悔しそうにマーカスを見つめる視線には気付いたが、特にそれ以上は何かされることはなく、集団は再び元のように、プラカードを掲げて声を合わせて抗議し始めた。
 
 予想外のトラブルで予定より時間がかかったが、ちょうどバスが来る時刻に間に合いそうだった。バス停のアンドロイド専用のゾーンでバスを待つ。数分もしないうちに目的地に向かうバスが滑りこんできた。
 バスの中は、人間が座る通常の座席と、後部にあるアンドロイドを載せる荷台に分かれている。その間は分厚いアクリルの仕切り板で区切られており、アンドロイド用の荷台には椅子などはない。疲れを知らないアンドロイドは座る必要がないからだ。狭い荷台に、何人ものアンドロイドが直立して揺られている。
 
 これが、マーカス達、アンドロイドの日常だった

DBH:チャプター1

コナー編/人質


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動画リンク:http://youtu.be/2E1N_Pd1xE0
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 狭いエレベーターの中に、シャリン、シャリンとコインの音が響く。エレベーター内にいる男は、視線を手元に落とさないまま、両手で器用にコインを弄んでいる。男のこめかみには、アンドロイドであることを示すLEDリングが青色に光っていた。男の視線が上昇を続けるエレベーターの階数表示に向く。その表示が、70階でゆっくりと止まる。男は、RK800と書かれたスーツのネクタイを締め直し、70階──事件現場へと向かった。
 
 男がエレベーターから出ると、それを見たSWAT隊員がインカムで報告しながら、部屋の奥へと急ぐ。
「交渉人が到着。繰り返す、交渉人が到着」
 そこは豪華な玄関だった。近代的で広々としている。左手側の壁には一面に大きな水槽があしらわれ、その中を優雅に色とりどりの魚が泳いでいた。ふと、男が右手側に視線をやると、家族写真が飾られているのが目に入った。手に取り、幸せそうに笑う3人の写真を眺める。写真から、その家族の情報が映像と文字で現れる。捜査特化型アンドロイドの機能である。
 写真で得た情報からここの住人は、ジョン・フィリップスとその妻のキャロライン・フィリップス、そして娘のエマ・フィリップスであるということが分かった。娘は10歳だ。
 
「イヤよ!あの子を置いていくなんて!」
 女の激高した声が聞こえる。男が更に奥へ向かうと、SWAT隊員の一人に連れられて30代くらいの女が泣きながら出てきた。先程の写真で見た、キャロラインだ。男の姿を見つけると、SWAT隊員の手を振りほどいて縋りつく。
「お願い……あの子を助けてください!」
 しかし、その目が男を正面から捉えると、顔がみるみる絶望に染まる。すぐに男から手を放し、後ずさりながら信じられない、というように声を発する。
「…え、まさか、まさかアンドロイドを……?」
「さあ奥さん、行きましょう」
 SWAT隊員が半ば無理やりにキャロラインの腕を掴み、引きずるように外に連れていく。キャロラインはそれに抵抗しながら、男を指さし、悲痛な声で叫んだ。
「いや、そんなのダメよ。待って、やめて。交渉は本物の人間に頼んで!”それ”を私の娘に近付けないでちょうだい!」
 その様子を一瞥し、男は改めて奥に向かう。第一の目的は、この現場の責任者であるアラン隊長と話すことだ。彼は奥のリビングで、大声で電話をしているようだった。
「ヤツが屋上から飛び降りたらどうするんです!……そんなの知ったこっちゃない!いつでも突入は可能なんです!ご命令を!……クソ!」
 乱暴に電話を切る。いきり立つアラン隊長に、男──コナーは歩み寄り、話しかけた。
「アラン隊長、私はコナー。サイバーライフのアンドロイドです」
 しかし、アラン隊長はコナーなどいないかのように無視し、PCを操作する部下に向かって指示をする。
「ヤツは制御不能だ。俺の部下もすでに2人やられた。だがヤツを撃てばバルコニーから落ちて、娘も」
 アラン隊長が漸くコナーの方を向いた。どうやら、今の説明は部下にではなくコナーにしていたらしい。彼は言葉を続けた。
「──道連れだ」
「彼の名前は?」
「さあ、知らないな。どうでもいいだろ」
「交渉するには情報が必要ですから」
 アラン隊長は再び部下の操作するPC画面に向き直り、聞こえてるのか聞こえてないのか分からないような態度に戻る。コナーは気にする様子もなく続ける。
「停止コードは試されましたか?」
「当然、試したよ」
 視線を戻さず、隊長が答える。続けてコナーが質問をしようとした時だった、アラン隊長がおもむろにコナーの方に向き直り、威圧するように言い放つ。
「いいか、よく聞け。子供を救うことだけを考えろ。お前があのアンドロイドを止められなきゃ、俺が始末をつける」
 それだけ言うと、アラン隊長はコナーの返事も待たずに、さっさと奥へ行ってしまった。
 
 時間がない。コナーが受信していた情報では、犯人であるアンドロイドがこの家の娘を人質をとって立て籠もってからかなり時間が経っている。早急に捜査をして交渉の材料を集め、犯人と交渉をする必要があった。
 まずはリビングを見渡す。リビングには、40代くらいの男が撃たれて倒れていた。既に息はない。死体となった身体をスキャンしたところ、情報通り、ここの主のジョン・フィリップスであることが確認できた。銃弾は3発命中している。死体の位置を考えると、ソファーで何かを持って座っていたところを後ろから犯人に声を掛けられ、振り向きざまに3発撃たれたようだ。当たったのは肺だが、位置を見ると心臓を狙ったと思われる。強い殺意を感じる銃創だった。
 フィリップスの腕の先を辿ると、タブレットが落ちていた。死ぬ前にフィリップスが持っていたのはこれだろう。コナーは拾い上げてタブレットを起動する。そこには「アンドロイドAP700のオーダーを受け付けました」の文字が踊っていた。犯人は、この家の所有する家事および育児用のアンドロイドである。AP700も同目的のアンドロイドであり、犯人は買い替えられる予定だったということだ。それを知り、激高してフィリップスを撃ったというのが動機としては妥当な推察だと思われた。
 
 本来、コナー達アンドロイドは自由意志というものを持たない。彼らは人に造られたAI(人工知能)であり、その姿はこめかみにあるLEDリングを除いて人間と全く見分けがつかないが、中身はただの機械である。それが、近年、人間のように意志を持つかのような行動を取り、人間に反旗を翻す事例が現れ始めた。こういったアンドロイドは変異体と呼ばれ、少しずつ数を増やす事例は社会問題となりつつある。アンドロイドを販売するサイバーライフはこの事態を重く受け止め、変異体に関連する犯罪捜査専用の最新型アンドロイドを制作した。それが、RK800──コナーである。
 
 交渉の材料とするべき犯人の情報を更に探すため、コナーは子供部屋に移動した。人質である、エマの部屋だ。部屋にはヘッドホンが落ちており、持ち主がいなくなった後も音楽が流れ続けていた。おそらく、犯人が近付いた時、エマには何も聞こえていなかったのだろう。この音量であれば、父親を撃った銃声も聞こえなかったに違いない。
 エマと犯人の関係性を示すものがないか、注意深く部屋を検分する。すると、机の上にタブレットがあることに気付いた。エマのものだ。起動すると、エマと犯人が笑顔で映る動画が目に飛び込んできた。
 
─この子はダニエル、世界で一番のアンドロイドなの。ほら、ダニエル、しゃべって!
─こんにちは
─私たち親友よ!ずっと一緒なんだから!
 
 犯人の名前は、ダニエルというらしい。画面の中のダニエルとエマは仲睦まじく頬を摺り寄せ合って笑い合っていた。
 
「来るなって言っただろう!」
 突如、銃声とガラスの割れる鋭い音が聞こえる。叫び声は、外から聞こえた。もう時間はなさそうだ。集めた情報を基に、コナーは変異体と交渉し、手段を問わず人質を救い出すため、テラスへと向かった。
 
 開いた窓から、テラスに一歩踏み出した瞬間、パァン!と大きな破裂音と少女の悲鳴が聞こえ、左肩に衝撃を受けた。アンドロイド特有の、鮮やかな青い血が飛び散る。撃たれたらしい。
 
「来るな!」
 声のした方に目を向けると、少女を抱えた金髪のアンドロイドが、ビルの縁に立ってこちらに銃口を向けていた。LEDリングが異常を示す赤に点灯している。
「近付いたら飛び降りるぞ!」
「いやぁ!やめて、お願い!」
 抱えられた少女が泣き叫ぶ。彼女こそ、この事件で助けるべき人質、エマに間違いなかった。
 現在の状況を確認する。ライフルを持った隊員が、隣のテラスに待機している。空中にはヘリが飛行しており、同じようにライフルでダニエルを狙っている。しかしそのどちらも、今の位置でダニエルを撃てば、エマを抱えたままビルから落下してしまうため撃つことができない状態だった。
 コナーはダニエルに声をかける。距離があるうえ、ヘリの音が近いため、声を張り上げる必要があった。
「やぁ、ダニエル。僕はコナーだ」
「なぜ、僕の名前を?」
「他にも色々知っているよ。君を助けに来たんだ!」
 すぐ傍を飛行するヘリの起こす風により、テラスに設置されていた机や椅子が音を立てて飛んでいく。まっすぐ立つにも苦労するような強風を受けながら、コナーはゆっくり一歩ずつダニエルと距離を詰めた。
「怒っているんだろう、ダニエル。だけど、僕を信じて。君を助けたいんだ」
「助けなんか要らない!お前になんか分かるもんか!俺はただ、もう終わらせたいだけだ……終わらせたいだけなんだよ」
 ダニエルとの距離が半分まできたところで、傍らに倒れているSWAT隊員が目に入った。コナーと同じように左肩を撃たれて出血している。しかし、意識があるようで、腕が何かを伝えるように動いた。コナーはしゃがみ込み、負傷者の状態を確認する。出血がひどく、このままでは失血死してしまうと思われた。ダニエルの方に向き直り、声をかける。
「ひどい出血だ。病院に運ばないと彼は死んでしまう」
 ダニエルはエマに銃口をつきつけたまま、冷たく答えた。
「人間はいつか死ぬ。今、死んだって変わりはないだろう?」
「今から彼を止血する」
 コナーはダニエルの言葉には答えず、隊員の手当をするため、彼の体を動かした。
「動くな!」
 ダニエルが叫び、コナー達のすぐ近くに発砲する。
「そいつに触ったら殺すぞ!」
 アンドロイドは人間と違い、正確な射撃を行うことが出来る。殺すつもりなら、今撃っていた筈だ。
「僕は生き物じゃない。殺せないぞ」
 コナーはそう答えながら、着けていたネクタイを解き、それで隊員の患部をきつく縛った。これで、少しは保つだろう。早くこの交渉を片付けて、この隊員を病院に連れて行かねばならない。ダニエルは、コナーが止血する間、何も言わずに銃口を突き付けたまま、こちらの様子を窺っていた。
 処置を終え、立ち上がる。交渉再開だ。友好的に言葉を続ける。
「エマとは仲が良かったんだろう。君は裏切られたと思ったんだろうけど、それは違う」
「嘘をついてたんだ!……愛されてると、思ってた……だけど違う」
 ダニエルの言葉が、一瞬、涙声になる。しかし、次の瞬間声を荒げて銃口をエマに向けたまま、撃鉄に手をかけた。ガチリ、と音がし、エマが悲鳴をあげる。
「この子も他の奴らと同じなんだ!」
 エマが泣きながら許しを乞う。10歳の少女の精神は、もう限界に近いようだった。コナーは、ダニエルの凶行の原因に言及する。
「買い替えられると知って、君はショックを受けた。なぁ、そうなんだろう」
「家族の一員だと思ってた……大事な存在だって……」
 ダニエルが再び涙声になる。しかし次の瞬間には状況を思い出したかのように強い口調が戻る。
「でも俺はただのおもちゃ。いらなくなったら捨てられるだけなんだ」
 コナーは少しずつ距離を詰めながら、慎重に言葉を選ぶ。
「ダニエル、聞いてくれ。君は悪くない。君が感じているその”感情”はソフトウェアのエラーなんだよ」
「そうだ、俺のせいじゃない。……こんなはずじゃ…愛してたんだ…なのに…彼らにとっておれは!命令をきくだけのただの奴隷だった…!」
 その時、轟音を立ててヘリが接近した。ダニエルが唸る。
「あああ!あの音!おかしくなりそうだ!あのヘリコプターをどこかにやってくれ!」
 コナーは一瞬逡巡した後、手を動かしてヘリコプターに撤退のサインを送る。この交渉に関しては、コナーの指示に従うよう命令されているはずだ。指示通り、ヘリはその場から離れた。ヘリの音が遠ざかる。コナーはあらためてダニエルと目を合わせた。
「ダニエル、僕を信じてくれ。約束だ、人質を解放すれば君を傷つけたりしない」
 真摯に伝える。ダニエルは、かなり落ち着いてきているようだった。何かを探るような瞳でコナーを見つめる。信じていいのか、迷っているような仕草だった。
「全員、引き揚げさせろ!そ、そして車を用意するんだ。街から出たら、この子を解放してやる」
 要求らしきものを告げたダニエルに、コナーは確かな手応えを感じた。ダニエルはコナーを信頼し始めている。もう一歩だ。心底悲しそうに首を振りながら告げる。
「ダニエル……それはできない。ただ、解放すれば君を撃たないと約束するよ」
「……死ぬのは嫌だ」
「死んだりしない。話をするだけだ。心配いらないよ。約束する」
 ダニエルの目をまっすぐに見て「約束する」と繰り返す。ダニエルはその目を同じようにまっすぐ見返しながら、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。君を信じる」
 ダニエルがゆっくりとエマを床に下ろす。エマは足が着くや否や走り出し、必死な様子で数メートル距離を取ってしゃがみこんだ。
 
 その直後、パァン!と大きな銃声が鳴る。隣のテラスに隠れて待機してたスナイパーが、ライフルでダニエルを撃ったのだ。更にもう2発、続けざまに正確に銃弾が撃ち込まれる。撃たれる度に衝撃で身体を躍らせたダニエルが、がっくりと膝をつく。まだ意識はあるようだが、それもあと十数秒だろう。まっすぐにコナーを見つめるその瞳には怒りも、悲しみも浮かんでいなかった。
「──嘘をついたな、コナー」
 その声も、ひしゃげた機械音に変わっていく。あと数秒で彼の機能は停止する。
「俺に、嘘を……」
 
 完全に機能を停止したダニエルと、横でしゃがみこんで泣きじゃくるエマを見てコナーはこのミッションが完了したと判断し、踵を返して来た道を引き返した。後の処理はコナーの仕事ではない。
 コナーの初仕事は今、終わったのだ。