好きなものは好きだからしょうがない

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DBH:チャプター1

コナー編/人質


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動画リンク:http://youtu.be/2E1N_Pd1xE0
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 狭いエレベーターの中に、シャリン、シャリンとコインの音が響く。エレベーター内にいる男は、視線を手元に落とさないまま、両手で器用にコインを弄んでいる。男のこめかみには、アンドロイドであることを示すLEDリングが青色に光っていた。男の視線が上昇を続けるエレベーターの階数表示に向く。その表示が、70階でゆっくりと止まる。男は、RK800と書かれたスーツのネクタイを締め直し、70階──事件現場へと向かった。
 
 男がエレベーターから出ると、それを見たSWAT隊員がインカムで報告しながら、部屋の奥へと急ぐ。
「交渉人が到着。繰り返す、交渉人が到着」
 そこは豪華な玄関だった。近代的で広々としている。左手側の壁には一面に大きな水槽があしらわれ、その中を優雅に色とりどりの魚が泳いでいた。ふと、男が右手側に視線をやると、家族写真が飾られているのが目に入った。手に取り、幸せそうに笑う3人の写真を眺める。写真から、その家族の情報が映像と文字で現れる。捜査特化型アンドロイドの機能である。
 写真で得た情報からここの住人は、ジョン・フィリップスとその妻のキャロライン・フィリップス、そして娘のエマ・フィリップスであるということが分かった。娘は10歳だ。
 
「イヤよ!あの子を置いていくなんて!」
 女の激高した声が聞こえる。男が更に奥へ向かうと、SWAT隊員の一人に連れられて30代くらいの女が泣きながら出てきた。先程の写真で見た、キャロラインだ。男の姿を見つけると、SWAT隊員の手を振りほどいて縋りつく。
「お願い……あの子を助けてください!」
 しかし、その目が男を正面から捉えると、顔がみるみる絶望に染まる。すぐに男から手を放し、後ずさりながら信じられない、というように声を発する。
「…え、まさか、まさかアンドロイドを……?」
「さあ奥さん、行きましょう」
 SWAT隊員が半ば無理やりにキャロラインの腕を掴み、引きずるように外に連れていく。キャロラインはそれに抵抗しながら、男を指さし、悲痛な声で叫んだ。
「いや、そんなのダメよ。待って、やめて。交渉は本物の人間に頼んで!”それ”を私の娘に近付けないでちょうだい!」
 その様子を一瞥し、男は改めて奥に向かう。第一の目的は、この現場の責任者であるアラン隊長と話すことだ。彼は奥のリビングで、大声で電話をしているようだった。
「ヤツが屋上から飛び降りたらどうするんです!……そんなの知ったこっちゃない!いつでも突入は可能なんです!ご命令を!……クソ!」
 乱暴に電話を切る。いきり立つアラン隊長に、男──コナーは歩み寄り、話しかけた。
「アラン隊長、私はコナー。サイバーライフのアンドロイドです」
 しかし、アラン隊長はコナーなどいないかのように無視し、PCを操作する部下に向かって指示をする。
「ヤツは制御不能だ。俺の部下もすでに2人やられた。だがヤツを撃てばバルコニーから落ちて、娘も」
 アラン隊長が漸くコナーの方を向いた。どうやら、今の説明は部下にではなくコナーにしていたらしい。彼は言葉を続けた。
「──道連れだ」
「彼の名前は?」
「さあ、知らないな。どうでもいいだろ」
「交渉するには情報が必要ですから」
 アラン隊長は再び部下の操作するPC画面に向き直り、聞こえてるのか聞こえてないのか分からないような態度に戻る。コナーは気にする様子もなく続ける。
「停止コードは試されましたか?」
「当然、試したよ」
 視線を戻さず、隊長が答える。続けてコナーが質問をしようとした時だった、アラン隊長がおもむろにコナーの方に向き直り、威圧するように言い放つ。
「いいか、よく聞け。子供を救うことだけを考えろ。お前があのアンドロイドを止められなきゃ、俺が始末をつける」
 それだけ言うと、アラン隊長はコナーの返事も待たずに、さっさと奥へ行ってしまった。
 
 時間がない。コナーが受信していた情報では、犯人であるアンドロイドがこの家の娘を人質をとって立て籠もってからかなり時間が経っている。早急に捜査をして交渉の材料を集め、犯人と交渉をする必要があった。
 まずはリビングを見渡す。リビングには、40代くらいの男が撃たれて倒れていた。既に息はない。死体となった身体をスキャンしたところ、情報通り、ここの主のジョン・フィリップスであることが確認できた。銃弾は3発命中している。死体の位置を考えると、ソファーで何かを持って座っていたところを後ろから犯人に声を掛けられ、振り向きざまに3発撃たれたようだ。当たったのは肺だが、位置を見ると心臓を狙ったと思われる。強い殺意を感じる銃創だった。
 フィリップスの腕の先を辿ると、タブレットが落ちていた。死ぬ前にフィリップスが持っていたのはこれだろう。コナーは拾い上げてタブレットを起動する。そこには「アンドロイドAP700のオーダーを受け付けました」の文字が踊っていた。犯人は、この家の所有する家事および育児用のアンドロイドである。AP700も同目的のアンドロイドであり、犯人は買い替えられる予定だったということだ。それを知り、激高してフィリップスを撃ったというのが動機としては妥当な推察だと思われた。
 
 本来、コナー達アンドロイドは自由意志というものを持たない。彼らは人に造られたAI(人工知能)であり、その姿はこめかみにあるLEDリングを除いて人間と全く見分けがつかないが、中身はただの機械である。それが、近年、人間のように意志を持つかのような行動を取り、人間に反旗を翻す事例が現れ始めた。こういったアンドロイドは変異体と呼ばれ、少しずつ数を増やす事例は社会問題となりつつある。アンドロイドを販売するサイバーライフはこの事態を重く受け止め、変異体に関連する犯罪捜査専用の最新型アンドロイドを制作した。それが、RK800──コナーである。
 
 交渉の材料とするべき犯人の情報を更に探すため、コナーは子供部屋に移動した。人質である、エマの部屋だ。部屋にはヘッドホンが落ちており、持ち主がいなくなった後も音楽が流れ続けていた。おそらく、犯人が近付いた時、エマには何も聞こえていなかったのだろう。この音量であれば、父親を撃った銃声も聞こえなかったに違いない。
 エマと犯人の関係性を示すものがないか、注意深く部屋を検分する。すると、机の上にタブレットがあることに気付いた。エマのものだ。起動すると、エマと犯人が笑顔で映る動画が目に飛び込んできた。
 
─この子はダニエル、世界で一番のアンドロイドなの。ほら、ダニエル、しゃべって!
─こんにちは
─私たち親友よ!ずっと一緒なんだから!
 
 犯人の名前は、ダニエルというらしい。画面の中のダニエルとエマは仲睦まじく頬を摺り寄せ合って笑い合っていた。
 
「来るなって言っただろう!」
 突如、銃声とガラスの割れる鋭い音が聞こえる。叫び声は、外から聞こえた。もう時間はなさそうだ。集めた情報を基に、コナーは変異体と交渉し、手段を問わず人質を救い出すため、テラスへと向かった。
 
 開いた窓から、テラスに一歩踏み出した瞬間、パァン!と大きな破裂音と少女の悲鳴が聞こえ、左肩に衝撃を受けた。アンドロイド特有の、鮮やかな青い血が飛び散る。撃たれたらしい。
 
「来るな!」
 声のした方に目を向けると、少女を抱えた金髪のアンドロイドが、ビルの縁に立ってこちらに銃口を向けていた。LEDリングが異常を示す赤に点灯している。
「近付いたら飛び降りるぞ!」
「いやぁ!やめて、お願い!」
 抱えられた少女が泣き叫ぶ。彼女こそ、この事件で助けるべき人質、エマに間違いなかった。
 現在の状況を確認する。ライフルを持った隊員が、隣のテラスに待機している。空中にはヘリが飛行しており、同じようにライフルでダニエルを狙っている。しかしそのどちらも、今の位置でダニエルを撃てば、エマを抱えたままビルから落下してしまうため撃つことができない状態だった。
 コナーはダニエルに声をかける。距離があるうえ、ヘリの音が近いため、声を張り上げる必要があった。
「やぁ、ダニエル。僕はコナーだ」
「なぜ、僕の名前を?」
「他にも色々知っているよ。君を助けに来たんだ!」
 すぐ傍を飛行するヘリの起こす風により、テラスに設置されていた机や椅子が音を立てて飛んでいく。まっすぐ立つにも苦労するような強風を受けながら、コナーはゆっくり一歩ずつダニエルと距離を詰めた。
「怒っているんだろう、ダニエル。だけど、僕を信じて。君を助けたいんだ」
「助けなんか要らない!お前になんか分かるもんか!俺はただ、もう終わらせたいだけだ……終わらせたいだけなんだよ」
 ダニエルとの距離が半分まできたところで、傍らに倒れているSWAT隊員が目に入った。コナーと同じように左肩を撃たれて出血している。しかし、意識があるようで、腕が何かを伝えるように動いた。コナーはしゃがみ込み、負傷者の状態を確認する。出血がひどく、このままでは失血死してしまうと思われた。ダニエルの方に向き直り、声をかける。
「ひどい出血だ。病院に運ばないと彼は死んでしまう」
 ダニエルはエマに銃口をつきつけたまま、冷たく答えた。
「人間はいつか死ぬ。今、死んだって変わりはないだろう?」
「今から彼を止血する」
 コナーはダニエルの言葉には答えず、隊員の手当をするため、彼の体を動かした。
「動くな!」
 ダニエルが叫び、コナー達のすぐ近くに発砲する。
「そいつに触ったら殺すぞ!」
 アンドロイドは人間と違い、正確な射撃を行うことが出来る。殺すつもりなら、今撃っていた筈だ。
「僕は生き物じゃない。殺せないぞ」
 コナーはそう答えながら、着けていたネクタイを解き、それで隊員の患部をきつく縛った。これで、少しは保つだろう。早くこの交渉を片付けて、この隊員を病院に連れて行かねばならない。ダニエルは、コナーが止血する間、何も言わずに銃口を突き付けたまま、こちらの様子を窺っていた。
 処置を終え、立ち上がる。交渉再開だ。友好的に言葉を続ける。
「エマとは仲が良かったんだろう。君は裏切られたと思ったんだろうけど、それは違う」
「嘘をついてたんだ!……愛されてると、思ってた……だけど違う」
 ダニエルの言葉が、一瞬、涙声になる。しかし、次の瞬間声を荒げて銃口をエマに向けたまま、撃鉄に手をかけた。ガチリ、と音がし、エマが悲鳴をあげる。
「この子も他の奴らと同じなんだ!」
 エマが泣きながら許しを乞う。10歳の少女の精神は、もう限界に近いようだった。コナーは、ダニエルの凶行の原因に言及する。
「買い替えられると知って、君はショックを受けた。なぁ、そうなんだろう」
「家族の一員だと思ってた……大事な存在だって……」
 ダニエルが再び涙声になる。しかし次の瞬間には状況を思い出したかのように強い口調が戻る。
「でも俺はただのおもちゃ。いらなくなったら捨てられるだけなんだ」
 コナーは少しずつ距離を詰めながら、慎重に言葉を選ぶ。
「ダニエル、聞いてくれ。君は悪くない。君が感じているその”感情”はソフトウェアのエラーなんだよ」
「そうだ、俺のせいじゃない。……こんなはずじゃ…愛してたんだ…なのに…彼らにとっておれは!命令をきくだけのただの奴隷だった…!」
 その時、轟音を立ててヘリが接近した。ダニエルが唸る。
「あああ!あの音!おかしくなりそうだ!あのヘリコプターをどこかにやってくれ!」
 コナーは一瞬逡巡した後、手を動かしてヘリコプターに撤退のサインを送る。この交渉に関しては、コナーの指示に従うよう命令されているはずだ。指示通り、ヘリはその場から離れた。ヘリの音が遠ざかる。コナーはあらためてダニエルと目を合わせた。
「ダニエル、僕を信じてくれ。約束だ、人質を解放すれば君を傷つけたりしない」
 真摯に伝える。ダニエルは、かなり落ち着いてきているようだった。何かを探るような瞳でコナーを見つめる。信じていいのか、迷っているような仕草だった。
「全員、引き揚げさせろ!そ、そして車を用意するんだ。街から出たら、この子を解放してやる」
 要求らしきものを告げたダニエルに、コナーは確かな手応えを感じた。ダニエルはコナーを信頼し始めている。もう一歩だ。心底悲しそうに首を振りながら告げる。
「ダニエル……それはできない。ただ、解放すれば君を撃たないと約束するよ」
「……死ぬのは嫌だ」
「死んだりしない。話をするだけだ。心配いらないよ。約束する」
 ダニエルの目をまっすぐに見て「約束する」と繰り返す。ダニエルはその目を同じようにまっすぐ見返しながら、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。君を信じる」
 ダニエルがゆっくりとエマを床に下ろす。エマは足が着くや否や走り出し、必死な様子で数メートル距離を取ってしゃがみこんだ。
 
 その直後、パァン!と大きな銃声が鳴る。隣のテラスに隠れて待機してたスナイパーが、ライフルでダニエルを撃ったのだ。更にもう2発、続けざまに正確に銃弾が撃ち込まれる。撃たれる度に衝撃で身体を躍らせたダニエルが、がっくりと膝をつく。まだ意識はあるようだが、それもあと十数秒だろう。まっすぐにコナーを見つめるその瞳には怒りも、悲しみも浮かんでいなかった。
「──嘘をついたな、コナー」
 その声も、ひしゃげた機械音に変わっていく。あと数秒で彼の機能は停止する。
「俺に、嘘を……」
 
 完全に機能を停止したダニエルと、横でしゃがみこんで泣きじゃくるエマを見てコナーはこのミッションが完了したと判断し、踵を返して来た道を引き返した。後の処理はコナーの仕事ではない。
 コナーの初仕事は今、終わったのだ。