好きなものは好きだからしょうがない

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DBH:チャプター5

コナー編/相棒

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動画リンク:http://youtu.be/rx3ik51eaeA

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チャプター5:コナー編/相棒
 ここ2,3日、デトロイトでは雨が続いていた。街角にひっそりと佇むJIMMY'S BARの看板を見て、コナーは手元で遊ばせていたコインをポケットに仕舞い、ネクタイを締めなおす。もう晩秋といっていい時期の冷たい雨にコナーの体はすっかり濡れそぼっていたが、全く気にする様子のないその姿は、彼がアンドロイドであることを端的に表していた。
 JIMMY'S BARのドアには、「ペットお断り」のマークに並び「アンドロイドお断り」の張り紙もされていたが、コナーは躊躇いなくそのドアを開ける。入店した彼を、客や店員がじろりと睨んだ。どこからか「この店はアンドロイドお断りじゃなかったのかよ」という声と舌打ちが聞こえてくる。
──警部補はここにいるだろうか。
 コナーは、店内を見渡して、そこにいる人間をスキャンし始めた。コナーの持つデータベースには、アメリカ全国民の戸籍情報と犯罪歴が記録されている。生きた人間であっても、死体であっても、顔か指紋が識別できれば、誰だか特定できるのである。
──エドワード・デンプシー、生年月日:1995/2/28//管理者、犯罪歴:なし。この人物ではない。カウンターの手前に座っている男性は……この人物でもない。
 一人ひとり目視してスキャンしていく。ここにもアンダーソン警部はいないのか、と予想を立てかけた時、奥のカウンターに座って一人で飲んでいる男が目についた。同じようにスキャンを行う。
──ハンク・アンダーソン警部補、生年月日:1985/6/9//警部補、犯罪歴:なし
 データが一致する。彼こそがコナーが探していた人物だった。かなり酒に酔っている様子の彼に、コナーはおもむろに話しかける。
 
「アンダーソン警部。私はコナー、サイバーライフから派遣されました。先程、署にご挨拶に伺ったのですが、近所のバーにいるはずだと言われたので、5軒ほど探し回りました」
 アンダーソン警部補である筈の男は、視線をコナーに向けることもせず、テーブルの上のグラスを見つめながらいかにも興味がない、といった様子で返事をした。
「何の用だ」
「あなたは、ある事件の担当になりました。アンドロイド絡みの殺人事件の捜査です。所定の手続きに従い、捜査補佐専門モデルの私が配属されました」
「助っ人なんか必要ないね。プラスチック野郎の助けなんてもってのほかだ。分かったらおとなしく家に帰るんだな」
 先ほどと同じように、視線をコナーに寄越さないまま、取り付く島もなく吐き捨てられる。普通の人間であれば気分を害してもおかしくないような態度だったが、コナーは何の動揺も見せずに次の手を考える。コナーの今回の任務は、このアンダーソン警部補の補佐として、殺人事件の捜査を行い、解決へ導くことだ。そのためにも、まずはこのアンダーソン警部補を現場に連れていく必要があった。
 説得するか、懇切丁寧に依頼するか、それとも職務怠慢をネタに脅すか……いくつかの交渉手段を考え、コナーは協力的に接することを選んだ。彼の経歴を見る限り、今は荒れてはいるものの、元々は優秀な警察官だったはずだ。こちらが真摯に対応すれば、心を動かす可能性があると判断したからだ。
「警部補、お酒はそのくらいにして、一緒に来てください。その方がお互いのためです」
 アンダーソン警部補は、聞いているのかいないのか、適当に頷きながらグラスを呷っている。自分の説得が効果がなかったことを悟り、コナーは更に続けた。
「アンドロイドの存在が気に入らない人がいるのは十分承知しています。ですが……」
「これっぽっちも気になんかしてないね」
 警部補がコナーの言葉を遮り、苛々とした調子で続ける。
「わかったら、その足踏み潰されちまう前に失せな」
 コナーは口を噤み、次の手を考える。いずれこの酒場からは出るだろうから外で待つか、それとも酒を無理やり取り上げるか──。彼は、今回のケースのコナーの相棒である。相棒とは、出来る限り心理的距離を詰め「信頼」されるべきだ。それが、捜査補佐用アンドロイドのコナーの中で導き出された一つの結論だった。
「こうしましょう。最後の一杯を奢ります。どうです?」
 警部補からの返事はなかったが、コナーは構わず店員に声をかける。
「すみません、同じのをもう一杯!」
 懐から現金を取り出し、床に置きながらそう言うと、警部補が漸く顔を上げ、口を開いた。
「科学の進歩ってやつは……ダブルで」
 アンダーソン警部補──ハンクは、店員が注いだ酒を一気に飲み干し、その強さに息をつく。そこで初めて、コナーの方に向き直った。その目は先程までのアルコール依存者のような濁ったものではなく、事件に対しての好奇心を滲ませるものだった。
「殺人事件って言ったか?」
 
 爆音でロックミュージックを掛けながら、ハンクの運転するタクシーが現場に滑り込む。現場の民家の周りには、既にマスコミを含めた人だかりができていた。車を止め、ハンクがコナーに指を突き付けながら言う。
「ここで待ってろ、すぐ戻る」
「私は現場に同行するように指示されています、警部補」
 車から出ようと仕掛けていた時に声を掛けられ、ハンクは苛々した様子でコナーの方に向き直って答える。
「いいか、お前に出された指示なんて知ったこっちゃないね。俺が待ってろと言ったら、お前は黙って待ってりゃいいんだよ」
 そう言うと、今度こそ振り返らずに車を出て現場に向かった。
 一人車に残されたコナーは、今ハンクに言われた命令と、自分に下されていた指令という、相反する命令に対して優先事項を検討する。5秒で結論は出た。サイバーライフから自分に下されていた指令を優先するべきだ。そのために派遣されたのだから。ハンクの機嫌を損ねるのは円滑な遂行上避けたいが、そのせいで捜査が出来ないのでは元も子もない。
 車を出て、早足でハンクを追いかける。現場の入り口まで来た時、入口を封鎖していた警官が声をかけてきた。
「アンドロイドは立ち入り禁止です」
 すると、先を歩いていたハンクが振り返り、面倒くさそうにその警官に声をかけた。
「……俺の連れだ」
 その言葉で警官が通行許可を出し、コナーはハンクの方に歩いていく。
「待ってろって言葉が理解できないのか?」
「任務に相反するご命令だったためです」
 コナーのその言葉に、ハンクも諦めたようだった。
「口を開いたり、何かに触ったり、俺の邪魔をしたりするなよ」
「はい」
 捜査上は聞けない命令だな、とコナーは考えたが、素直に追従の返事をした。とにかく現場に入って捜査を行うことが最優先目標である。
 
 現場はデトロイトのはずれにある一軒家だった。治安も良くない地域であり、事件があった家は、外から見て人が住んでることを疑うような古さと傷み具合である。その家の中から、私服姿に制服のジャケットを羽織った恰幅の良い中年の男が出てきてハンクに話しかけた。
「よう、ハンク。来ないんじゃないかと思ってたとこだ」
「こいつに捕まらなきゃ来なかったろうな」
 こいつ、とコナーを指さしながらハンクが答える。恰幅の良い男はへえ、と面白そうに声をあげた。
「まさかあんたが、アンドロイドとね」
「いいから、何があったか教えてくれ」
「家主から8時に通報があった。数カ月家賃を滞納していたから、家の様子を見に来てみたところ、死体を発見ってやつさ」
 男と話しながら、ハンクは現場に向かったため、コナーもその後を追って足を踏み入れた。踏み入れた瞬間、中の異臭に気付く。アンドロイドであるコナーは「通常にはしない刺激臭」であるという認識を得ただけだったが、普通の人間には強烈だったらしく、ハンク達は顔を顰めていた。
「ったく、ひどい臭いだよ。窓開けて少しはましになったけどな」
 男が呟く。その臭いの出どころはすぐに分かった。家に入ってすぐのリビングの真ん中に、大柄な男の死体が転がっていたのだ。周りには蠅が飛び回り、遠目に見ただけでもその死体が昨日今日死んだものではないことは明らかだった。この刺激臭はいわゆる腐敗臭だというわけだ。
 ハンクを呼びにきた中年の男──コリンズ巡査は、事件のあらましをハンクに説明し始めた。
「害者の名前はカルロス・オーティス。調べたところ、窃盗と加重暴行の犯罪歴ありだ。近隣の住人とも付き合いなし。一日中ひきこもってたって話だよ」
 死体に近寄り、その状態を見ながらハンクがぼやく。
「はあ、これなら真夜中にわざわざ呼び出さなくっても。朝まで待てただろ」
「死んだのは3週間以上前だろうな。検視が来れば分かるはずだ。死体の近くにキッチンナイフがあった。多分凶器だろう」
「侵入の形跡は?」
「ないね。正面玄関は中から鍵がかかってて窓も全部閉まってた……裏口から逃げたんだろう」
「こいつのアンドロイドの情報は?」
「今はない。所有はしてたって話だが、見当たらなかったよ」
 会話を続けながら、死体の検分をしていたハンクだったが、死体が凭れ掛かった壁に文字が書かれているのに気が付き、視線を止めた。「I AM ALIVE(わたしは生きている)」と書かれた文字は血で描かれており、人間が書いたとは思えないほど整っていた。まるで、ワープロで打った文字のように。
 説明が終わったのか、コリンズ巡査は、もう耐えられないという様子で首を振る。
「俺はもう出てるぞ。後はご自由に。何かあったら呼んでくれ」
 そう言うと、さっさと現場から出ていってしまい、現場には証拠を集める鑑識や写真を撮る警官と、ハンクとコナーが残された。
 
 ハンクがリビングを調べている間、コナーも自分の捜査を開始することにした。まず、先程説明された、死体の傍に落ちていたキッチンナイフを調べる。分析したところ、キッチンナイフには指紋がついていなかった。人間には指紋がある。つまり、考えられる可能性は、犯人が手袋をしたり、指紋を拭きとったりしたか──元々指紋がないかだ。そう、アンドロイドのように。
 続けて、キッチンナイフについていた血痕を指先でこそげとる。そしてそれを、躊躇いなく口に入れた。
「おいおいおい、お前、なにやってんだ?」
 コナーの一連の動作を見ていたハンクが少し焦ったように声をかけてくる。コナーは平然と説明した。
「血を分析するんです。その場で分析できるんですよ。すみません、言っておくべきでした」
「…そうかい、まぁ…とにかく…、これ以上証拠を口に入れるなよ、いいな」
 明らかに引いた様子でハンクがコナーに指示を出す。「はい」と素直に返したが、ハンクは独り言のように「…ったく気味が悪いぜ」と呟いていた。人間の前でするには、些か常識的ではない動作だったかもしれない。次回から事前に通告するようにしよう、とコナーは考えながらも分析を始める。
 キッチンナイフの血液は、先程の刑事の報告通りカルロス・オーティスのものに間違いなく、付着してから19日以上経ったものだった。刑事が説明していた通り、凶器と考えて間違いないだろう。
 
「活字みたいな文字だ。人間じゃこうは書けないだろうな…。クリス、この文字は害者の血か?」
「多分そうです、分析に回しておきます」
 ハンクの言葉でコナーの視線は壁の文字に向いた。十分に視認出来る距離まで近付き、書いていた文字を分析する。均一に書かれた文字は、CYBERLIFE SANSというフォントで書かれていた。サイバーライフが独自開発したフォントで、すべてのアンドロイドが標準機能として所持しているフォントの一つである。この文字を書いたのはアンドロイドには間違いなさそうだったが、これだけでは型番までは絞れそうになかった。
 文字から視線を下げ、しゃがみ込んで大柄な死体を覗き込む。顔には損傷がなかったので、スキャンには支障がなかった。その死体は、先程の説明通り、カルロス・オーティスに違いなかった。
 その口周りに血以外の粒子を見つけて分析を行う。死体の口周りに出た反応は巷で最近流通しているレッドアイスというドラッグだった。使用することで高揚感と万能感をもたらす代わりに、効果が切れた時の虚脱感や禁断症状も強い代物だ。また、これを使用している人間がよく暴力事件を起こすことでも問題になっている。使用者の攻撃性も増加させるらしい。これが口元についているということは、おそらく死ぬ直前まで摂取していたということだろう。
 そのまま視線を、直接の死因と見られる胸元に移した。心臓周りばかりを狙い、28箇所ものナイフによる刺し傷が見て取れた。また、よく見ると床に血痕が点々と続いている。被害者は、キッチンで刺され、よろめきながらこのリビングに辿り着き、壁際まで追い詰められたところで仰向けに転倒して犯人に何度も刺された……と考えるのが妥当だと思われた。
 立ち上がるとハンクがこちらを見ていた。分析したことを報告する。
「28回も、刺されているようです」
「ああ、犯人は相当恨んでいたみたいだな」
 恨む……?ハンクの言葉に非合理性を感じて考え込む。状況証拠は、犯人がアンドロイドであることを明示している。しかし、アンドロイドは他人を恨んだりするだろうか。先日のダニエルのように、エラーを起こして変異体となることがあったとして、こんな風に明確な意思を持って行動するアンドロイドがいることは、コナーには理解できなかった。コナーが持っている情報では、アンドロイドはそういう感情は持ちえない存在なのだ。
 
 リビングの捜査が一通り終わったため、キッチンに移動した。キッチンには裏口がある。先程の刑事の話では、犯人の脱出経路はここからだということだった。ドアを開け、地面を分析する。そこには、過去60分以内についたとみられるデトロイト市警の支給シューズK52型の28cmサイズの足跡しか残っていなかった。
「正面は鍵がかかってた。ここから逃げたんだろうな」
 気付けばコナーの背後にハンクが立っており、地面を見ながら声をかけてきた。コナーはそちらを見ずに地面の分析を続けながら答える。
「足跡はコリンズ巡査の28cmの靴だけです」
「数週間も経ちゃ、足跡だって消える」
「いえ、この種類の土ならば残るはずです。しばらくここには誰も来ていない」
 この事件を起こしたアンドロイドが逃げたのは、この裏口からではない。そんな確信を持ってリビングに戻った。そしてすぐ、不自然に転がったバットに目がいく。もう一つの凶器かもしれない…そう思って近寄り、分析を行った。しかし、その持ち手には被害者であるカルロス・オーティスの指紋が残されていた。そしてバットの先には衝撃によってできたとみられる凹みと、うっすらと残ったシリウム……別名ブルーブラッド、アンドロイドの血液の痕跡があった。
 これが示している事実は?とコナーが情報を整理しながら立ち上がると、目の前のシンクの傍にナイフラックがあり、間にナイフ1本分の隙間が空いていた。コナーの頭の中で、事件当日に起こったことが繋がる。
 
「警部補!」
 コナーはハンクに声をかけた。自分が推理した事件のあらましを伝えるためだ。ハンクは、壁に凭れてなにか考え事をしていたが、コナーの呼びかけに片目を開ける。コナーは続けた。
「何があったか分かりました」
「そうか?んじゃ、聞いてやるよ」
 ハンクのいかにも適当な様子を気にすることなく、コナーは自分の推理の説明を始める。
「事件の始まりは、キッチンです」
「揉み合った形跡もあるしな。問題はだ。何があったかってことだ」
「被害者がバットでアンドロイドを襲ったんです」
「それなら証拠と一致するな。続けろ」
「襲われたアンドロイドは、命の危険を感じて、そこのナイフラックに置いてあったキッチンナイフを手に取った。そして被害者を刺したんです」
「そんじゃ、アンドロイドは自分の身を守ったってことか?その後何があった?」
「被害者は刺されて、リビングに逃げました。この椅子に残ってる血痕と指紋は、被害者が逃げようとして椅子を倒した時についたものです。それでも追いかけられて刺されたのでしょう」
「アンドロイドから逃げようとしたのか……筋は通ってるな」
「アンドロイドは、倒れた被害者に何度もナイフを振り下ろして絶命させています」
「なるほど……お前の推理もあながちふざけちゃいないな。だが、アンドロイドはどこへ行ったんだ?」
 ハンクに問われ、コナーは考える。それについては既に答えが出ているのだ。正面には鍵がかかっていて、この家から出れる経路は裏口だけ。その裏口からは誰も出入りした形跡がない。つまり、どこへも行っていないと考えるべきだろう。しかし、どこに隠れているのか。それを見つける方法をコナーは持っていた。
「バットで殴られ損傷し、シリウムを流したはず」
「シリ……なんだって?」
「シリウムです。いわゆる”ブルーブラッド”ですよ。アンドロイドにエネルギーを供給する液体です。数時間で蒸発するので裸眼では見えなくなるんですよ」
 ハンクが、的を得たりという顔でにやりと笑ってコナーに答える。
「ああ……でも、お前の目には見えるってことか」
「その通り」
 
 ブルーブラッドは点々とバスルームの方に続いていた。それを追いながら、バスルームの中に入る。中に人の気配はなかったが、シャワーカーテンが閉まっていた。警戒しながらそれを引くと、中の狭いシャワールームにはびっしりと「RA9」と書かれていた。その異様さに一瞬驚きを感じながら視線を下に向けると、謎の木彫りの像のようなものが置いてあった。周りには申し訳程度に花が置かれ、宗教的な捧げもののように見てとれた。犯人のアンドロイドがここで用意したものと思って間違いないだろう。しかし、何のためにかは全く見当がつかなかった。
 バスルームを出ると、この狭い家にはもう他にスペースはない。隠れ場所になりそうなところも今まで見てきた部屋にはなかったはずだ……とふと壁を見ると、一部の壁が色が違うのに気が付いた。梯子が置いてあったのだ。はっ、と気が付いて上を見上げると、屋根裏と思しき入口と、その端に揮発したブルーブラッドが付着しているのが見て取れた。
 キッチンから椅子を持ち出し、屋根裏に向かう。
「おいおい!お前その椅子どうすんだ!?」
 ハンクから声がかかる。コナーはハンクの方を見ないまま答えた。
「調べたいところが」
「ああ、調べたいことね……」
 ハンクはさも呆れた、という調子で返す。この家にまだアンドロイドがいるとは思っていないのだろう。しかし、自由に動けるのは有難かった。
 椅子を使い、屋根裏に上る。屋根裏には、家具や工具などのガラクタがひしめき合っていた。慎重に歩みを進める。目の前に薄い暖簾がかかっており、月明りでうっすらと人影が透けていた。静かに近づき、一気に暖簾を引く。
「……っ!」
 しかし、そこに有ったのはただの仏像だった。どうやらこれが月明りに透けて人影に見えていたらしい。違ったか……と思ったところで、何かが視界の端から端へ走るのが見えた。急いで振り向くが、もう人影は見えない。
 何者かが走り去っていった方へ慎重に歩を進める。武器は既に所持していない筈だが、コナーは他のアンドロイドに比べて特別に強度が高い訳ではない。凶暴なアンドロイドに襲われたら壊れてしまう危険性は十分にあった。しかし、それはコナーにとって脅威でもなんでもない。コナーにとっての関心事は、己の身の安全ではなく、任務の遂行だ。すなわち、ここで変異体を確保できるか否か、である。
 あと少しで行き止まり、というところで突然黒人型のアンドロイドが目の前に飛び出してきた。憔悴しきった顔、異常を知らせる赤く点灯したLEDリング、彼こそがこの事件の犯人であるアンドロイドに違いなかった。コナーは黙って彼を見つめる。出方を見極めるためだ。
 犯人のアンドロイドは最初にコナーと目が合ったときには狼狽して視線を彷徨わせていたが、やがて何かを決意したようにキッとコナーを見つめた。そして静かな、しかし強い声で告げた。
「僕は身を守っただけだ」
 コナーは黙って彼を見つめる。
「殺されそうだったんだよ……。お願いだ、黙っててくれ……」
 彼の表情は今にも泣きそうだった。その表情を静かにコナーは見つめ続ける。その時、階下からハンクの声が聞こえてきた。
「おい、コナー!上で一体何してんだ?」
 次の瞬間、コナーはそれに答えて声を張り上げていた。
「警部補!見つけました!!」
 ハンクが「おい、嘘だろ……」と言いながらコリンズ巡査やほかの警官を呼び集める。
 犯人のアンドロイドの顔が絶望に染まる。彼は外の喧騒が高まっていくのを聞きながら、目の前で自分を売った同胞に対して恨むような、悲しむような眼差しを向け続けていた。